♠︎愛と想定外♡
それはゲヴァニエルが書斎でお気に入りの
ソファーの上でまた酒を飲もうとしてメイ・ヒューを呼ぼうか考えていた昼下がりの事だった。
─コンコン。
「入れ。」
ゲヴァニエルはいつも通りメイ・ヒューかと思ったが、書斎に入って来たのはキシュだった。
「ゲヴァニエル様。」
「どうした?花嫁殿。
メイ・ヒューに遠慮はいらないぞ?」
「申し訳ございませんでした。」
キシュはゲヴァニエルに頭を下げた。
ゲヴァニエルはキョトンとした。
それでもキシュは頭を下げたまま話を続けようとする。
「
「頭を上げておくれ、花嫁殿。」
「俺のような悪魔の言うことを
いちいち気にしていたらキリがないぞ。」
ゲヴァニエルは読んでいた本を置いて、
キシュの方を向いて困った顔でそう言った。
「怒っていないのですか?
私が日記で叩いてしまったことや、朝の事。」
はぁ…とゲヴァニエルはため息をついて、
キシュの腕を引っ張り、ゲヴァニエルはキシュを
抱き寄せて言った。
「俺が本気で花嫁殿に怒っていたら、
今頃は君をすぐこの場で喰うか、
俺がこの館からつまみ出しているだろうな。」
「これでも、
俺も俺なりに君を想っているのだぞ?」
そう言ってゲヴァニエルがキシュに顔を近づけた時、ゲヴァニエルはキシュから香る血の匂いに鼻をひくつかせた。ゲヴァニエルも月経の事は教養として知っているが、まだキシュと出会って間もない上にゲヴァニエルの館には女性の使用人は居ないため、直感的にどうしてやることも出来ないとゲヴァニエルは焦った。
そして、同時に血の匂いに本能をくすぐられた。
キシュも鼻をひくつかせたゲヴァニエルを見て、
自分にまだ天使特有の匂いがしたらどうしようと焦った。
「ぅ…花嫁殿。
その、傷つけるつもりはないのだが…
月のものが…来たのではないか?」
天使には存在しない月経の話をしたところで、
概念を知らないキシュには全く分かりません。
「月のもの?ゲヴァニエル様。
それは一体、なんのお話ですか。」
ゲヴァニエルは左手で頭を抱える。
「そんな目で俺に聞かないでおくれ…花嫁殿。」
ゲヴァニエルは急いでキシュをソファーから下ろし、慌てて本棚から契約していた悪魔の名簿を手に取って、リア・ジュゲムと悪魔の名前を呼び、名簿から老練そうなメイド服を着た老婆のインプが姿を現した。
「リア・ジュゲム。
花嫁が月経で困っている。
あとは任せた。」
と言ってゲヴァニエルはそそくさと書斎から
出ていってしまった。
「あの、月経ってなんですか?」
「血の匂いが花嫁様には
感じ取れないのですね。」
と言いながらキシュの股の辺りをリア・ジュゲムは指さすと太ももに血が滴っているのにキシュは気づいて青ざめた。それを見てリア・ジュゲムはキシュに優しく微笑みかける。
「おや、これが初めてでございましたか。
心配いりませんよ花嫁様。
このお
「良かった。
まだお召し物は汚れていませんね。」
「少しの間、
こちらの布を股に挟むと良いでしょう。」
リア・ジュゲムがパチンと指を鳴らすと柔らかい厚手のタオルハンカチが現れてそれを優しくキシュに渡した。リア・ジュゲムはまた指を鳴らして、立派な裁縫箱と簡易机を出して
暫しお待ちください。と言いながら慣れた手つきで何かを縫っていく。
「月のものの際のお下着と
キシュが下着を履いて、香袋をキシュのポケットにしまっている間にリア・ジュゲムがまた指を鳴らして裁縫箱を片して、2冊の本を出した。
「花嫁様。我々魔族は高位の者程、
五感が鋭いのでございます。」
「花嫁様の血は少々…コホン。
とにかく、魔物もまた花嫁様の血の匂いに
敏感になるかと存じます。」
「どうか危ないので、
いつ何時でもこれをお持ちになるように。
それが身を護ってくれます。」
そう言ってリアは痛みは御座いませんか?と
キシュに聞きながら指を鳴らして、湯たんぽ、月経帯、粉薬を出して月経帯以外を自分のポケットに忍ばせた。
「さあ、花嫁様。
お下着がズレないようにこちらを。」
そう言ってリア・ジュゲムはキシュに月経帯を着けて、さらにその上に「こちらをどうぞ。」と言いながら薄手の上着を着せる。
「そして、花嫁様。どうかこのお婆に
花嫁様の部屋の場所を教えてくだされ。」
メイ・ヒューには悪魔特有の人間を品定めするような振る舞いや言動があったが、リア・ジュゲムにはそれがなかった。寧ろ自分が元天使ではあるものの、人間として尊重されたよな気持ちになった。だからキシュはリアに安心してキシュの部屋に向かった。
キシュの部屋へ向かう途中、
ワインを持ったメイ・ヒューと二人が出会った途端にリアはメイ・ヒューに怒鳴った。
「お坊ちゃまに丸腰なのは変わりませんね。
メイ・ヒュー!」
メイ・ヒューも慌てて持っていたワインを背中に隠す。一方でキシュは血が滴る感覚に不快感を感じていた。
「う、乳母のリア・ジュゲム様っ。」
ワインを隠したところで叱られてしまうのにメイ・ヒューは両手を後ろにしたまま、
ご機嫌よろしゅうございます。と頭を下げた。
「貴方は貴方のお父様と同じ事をして
恥ずかしくないのですか!
お坊ちゃまには私から言っておきます。」
「ワインを置いて、
貴方は持ち場に戻りなさい。」
メイ・ヒューはあたふたしてから、ワインボトルをその場に置き大急ぎで去っていった。
リアが指を鳴らしてワインを片付け、
何事もなかったかのように
さぁ、花嫁様。お婆と参りましょう。と言った。
部屋に着くなり、
リアは指を鳴らして椅子と散髪鋏を召喚した。
「キシュ様さえ良ければ、
その髪型を整えてもよろしいでしょうか?」
「これはただのお婆のお節介にございます。」
キシュは笑顔で
お願い致します。と言った。
キシュの髪を鏡なしで手際よく、
丁寧でありながら早く切っていく。
リアは時折、
なんて霊素の強い髪…。と言ったり、
と優しく髪を扱いながらキシュに話しかける。
「さあいかがでしょうか?」
「産まれて初めて髪の短い自分を見ました。
まるで産まれ変わったようです。」
「キシュ様ならば髪が伸びたら、
ロールヘヤーもお似合いになるかと。」
リアは指を鳴らして、ベッドに湯たんぽを入れ、
ハーブティーを用意し、キシュのベッドのサイドテーブルに月のもの関連の本を置いて、
キシュの髪を集めて小袋に入れた。
リアが用意してくれた本をキシュが読もうとした時、リアが真剣な眼差しでキシュに声をかけた。
「キシュ様。」
「このキシュ様の髪の毛が入った袋は
1度限りの身代わり人形です。」
「キシュ様がどのような経緯で
ここにこられたか、お婆には分かりません。」
「ですが、
この世界はキシュ様が思っているよりも
ずっと残酷なのです。」
「ですが、どんな時もお婆は貴女の味方です。」
キシュの部屋の扉の前にはゲヴァニエルが居た。リアの話にゲヴァニエルは黙って頷いた。
聞き耳を立てなくても、ゲヴァニエルはドア1枚程度であれば話し声が聞き取れてしまう。
なにも盗み聞きをしに来た訳では無い。
ゲヴァニエルは初潮を迎えた花嫁に
ホットチョコレートを届けに来たのだ。
深呼吸して、
ゲヴァニエルはキシュの部屋にノックする。
リアがドアを開けるとリアは指を鳴らして、
ホットチョコレートをキシュのベッドサイドテーブルに置いて、坊っちゃま。と怒りの姿勢に入った。
これはめんどくさいと思って逃げようとしたゲヴァニエルだが、背広をリアに捕まれてズルズルと部屋の中に引っ張られる。あっけなくゲヴァニエルがリアに正座をさせられる。
「坊っちゃまは生まれながらに
聴力がいいですね。」
「…はい。」
「聞こえてしまったら、
それは立派な盗み聞きです。」
「…はい。」
「坊っちゃま。本題です。」
指がパチンと鳴らされリアの手にはワインボトルが現れ、それを見てゲヴァニエルは冷や汗をかく。
「坊っちゃまは今年で2000歳と
覚えております。」
「…はい。」
「ワインが来ないことでメイ・ヒューに
お坊ちゃまが駄々をこねなくなったのは
進歩ですが。」
「…はい。」
「そもそも、月のものを迎えた奥様に
万が一があったら、
酔っ払った坊っちゃまは対応できますか。」
気まずい沈黙がキシュの部屋を満たす。
キシュはあまりに気まず過ぎたので
リアの月経の書物を読んだ。
いつまでこれが続くか
この場にいる誰も分からなかった。
「返事は、はい!か、いいえ!」
「いいえ!」
「はぁ…。 暫くは坊っちゃまの持つ全ての酒を禁止します。」
「坊っちゃまも、
初潮を迎えたばかりのキシュ様をまさか、
襲う気はないでしょう?」
「…はい。」
ゲヴァニエルは涙が出そうなのを必死で堪えた。
リアのゲヴァニエルへの説教はキシュが本を一冊読み終わるまで続いた。
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