♠︎愛の証明(ああ花嫁殿、ああ花嫁殿。)♡

 西暦 1830 6.20


わたくしの名はアムネト・キシュ

 私は貴方に嫁ぎに来たのです。」


 力強い言葉遣いとは打って変わって少女らしさのない母性すら感じてしまう笑みに酔いが覚めたばかりのゲヴァニエルは呆然としていた。


「む?」


 小娘が俺の額にキスをしたから、

酔いが覚めたのだろうか?まさか、この俺が小娘に見とれる…はずがないな。ゲヴァニエルはそんなことを考えながらゲヴァニエルの頭が冴えていく。酒に飲まれた後とはいえ、ゲヴァニエルもとりあえず一息深呼吸をして状況を咀嚼した。


「お嬢さん。今、俺になんと言ったんだい?」


 威圧的にナイトたる悪魔として威厳をもって、床に寝そべるゲヴァニエルの横に座るキシュの腰に手を回す。恋に恋をする年齢の少女だ。本気で俺がからかえばそのうち向こうから怯えて逃げていくだろう。と思っていた。


 だが、アムネト・キシュはゲヴァニエルの腰へ伸びる手を気にもとめず、ゲヴァニエルの首に腕を回し、再び額にキスをする。


「私は何度でもいいます。

私はあなたに嫁ぎに来たのです。」


「まだ酔っ払っているのですね。

 魔界の野菜は分かりませんが、

 私がスープを作って差し上げます。」


 ほんの数秒、呆気にとられたゲヴァニエルは

 さぞ長旅だったのだろう、ボロボロな少女の姿を見つめ、山羊の悪魔 メイ・ヒューに

「長旅だったろう風呂に入れてやってから、

 彼女を厨房キッチンへ案内してやれ。」とぶっきらぼうにいいました。


「メイ・ヒュー。俺は書斎に戻るぞ。」


「俺の花嫁殿はお料理がしたいらしい。」


 そう言っておきながら、

 ゲヴァニエルは内心困惑していました。

 服と体こそボロボロだったが、アムネト・キシュは限りなく白に近い桜色の短い髪と星夜石タンザナイトによく似ている碧に透き通る紫色がよく映える美しい眼をしていたのですから。


 まだ、酔いが覚めていないだけだ。とゲヴァニエルは自分に言い聞かせながら、久しぶりに読書を始めるのでした。


 …。

 ゲヴァニエルは本と無言で向き合うのですが…


「恋愛モノを読む気分ではないわい!」


 ─スパーン!


 と罪のない本を地面に叩きつけて、

やはりナイト・ゲヴァニエルは少々ご乱心です。


〖浴室〗


「服を用意するために

 少々身体を測らせて頂きます。」


 そう言ってメジャーでメイ・ヒューが

 キシュの身体をメジャーで測る。


「さて、

 私は着替えとタオルを持って参りますので、

 どうぞ好きになさってください。」


「入浴後は香油を利用されますか?」


 メイ・ヒューは慣れた手つきで女性向けの石鹸と頭を清める為のビネガーをキシュに渡す。


「香油とはなんですか。」


 と訊ねるキシュに試した方がはやいですな。

と言ってメイ・ヒューは行ってしまった。


 服を脱ぎながらキシュは

バニラに似た匂いはここからしたんだ。

と思いながらまた無意識に深呼吸した。

本来はゲヴァニエルな入るはずだったお風呂にキシュは入っている事も知らずにバニラとよく似た香りがする泡風呂をとても楽しんだ。


〖書斎〗


 スープがどんなものか、ボロボロの小娘がちゃんと1人で風呂に入れているか、傷でもあったら、石鹸がシミたりしてはいないだろうか、ゲヴァニエルは本を読みながらモヤモヤする。

メイ・ヒューを呼びたくても用もなく呼べないからさらにゲヴァニエルはイライラする。


 いや、俺は決して、ソワソワはしてない!

別にあれぐらい可愛い”人間の小娘”なんて、地獄とか人間界探せば、きっとごまんと居るし、酒と読書で充実した生活を普通に送っていたし、別にあの”人間の小娘”が俺の嫁になることくらいどうってことない!!


 ─スゥッ…ハァ…。


 お気に入りの葉巻を吸ってもいっこうに心が落ち着かないのでゲヴァニエルは仕方なく本読みかけのを閉じて、逆に少女の事を考えてみることにした。小娘の名前は確か、なんだっけ。


 ナンチャラムト・キシュだったっけ。

 キシュ。


 キシュ。


 キシュ…。


 …悔しいが、認めよう。

キシュはい。本当にい。

しかし、だからと言って俺は愛いからという理由だけで女を侍らせる程、俺は馬鹿な男では無い。


 とはいえだ、これを本人に悟られるなど絶対あってはならない。少々胸が痛いが冷たく接して追い返してしまおう。俺が本当に愛いと思ったからこそ、人間界にちゃんと送り返してやろう。


 おそらく、キシュは本当に俺が好きで仕方ないのもわかった。ならば、10年でも20年でも満足いくまでここに居させて、キシュが家族の元に帰りたいと言いだしたり、キシュが俺に満足したら、人間界に返してやろうじゃないか。


 それまでに俺が本気でキシュに

 惚れなければ、な。


 我ながら悪魔の中では紳士的で優しくて、人間から見て品行方正な方であるなぁとゲヴァニエルがうんうんと1人で勝手に頷いたタイミングで書斎の扉がノックされた。


 ─コンコンコン。


「入れ。」


 ゲヴァニエルはキシュがスープを作ったにしては早いなと思ってソワソワしていたが、キシュの姿がないと気づいて少しがっかりした。


「ゲヴァニエル様。

人間の小娘が新しく着る服が無いのでゲヴァニエル様の着ていた古服を小娘用に作り直してもよろしいでしょうか?」


 メイ・ヒューのその言葉に

 ゲヴァニエルはため息をつきながら答える。


「そこまでせずとも

 新しいものを買いに行けばよい。」


「なんですと?あの小娘に何故ゲヴァニエル様がそこまでなさると言うのですか。」


「聴こえぬか?ゆっくり丁寧に言ってやろう。」


「買いに行け。」


「…。かしこまりました。」


〖浴室〗


「メイ・ヒューさん〜。メイ・ヒューさん〜。」


 キシュは困っていたメイ・ヒューが持って行ってしまったのか自分の服どころか下着もない。強いて言えば洗面台に香油らしき小瓶があった。


「これが香油?」


 ラベルにはザクロと書いてある。キシュは使い方が分からないのでメイ・ヒューを見つけて使い方をきこうと思った。とりあえず髪の毛を湿ってる程度にまでどうにかタオルで拭き続けて、雫が垂れないようになってから身体にバスタオルを巻いた。


 仕方ない。自分でメイ・ヒューさんを探さなきゃ。ついでに服がありそうな場所も探さなきゃ。そう思ったキシュは天使が裸である事に恥じらいなどないので香油の小瓶を持って館を歩き始めました。


 一方的、ゲヴァニエル。

葉巻を吸い切ったので、ちょうど自分の部屋に戻ろうかと思った時、ゲヴァニエルは産まれて初めて自分の目を疑った。


(まだ出会ったばかりの俺の花嫁が

 バスタオル一枚でなんか小瓶と

 来た時に持ってた本を持って

 俺の館を歩いてる…。)


 何も考えずにゲヴァニエルは黒い翼を広げて、

 2階のキシュがいる場所に向かって飛んだ。


(まだ名前を呼べる間柄じゃないし、

 かと言って小娘なんて呼べないし、

 花嫁って言ったら重くないか…?)


「は…花嫁殿。」


「あ。ゲヴァニエル様。

 初めて翼を見せてくれましたね。

 そのお姿もとっても素敵です。」


(そのお姿もとっても素敵です。

 じゃあねぇんだよ!馬鹿!!)


(そちらのお姿も素敵ですねって

 言ってやろうか?)


(俺の館でバスローブならまだしも、

 バスタオル一枚で歩かないでくれ!!)


 ゲヴァニエルがいくらキシュの身体を見つめても、キシュはこれっぽっちも恥ずかしがる様子がない。ゲヴァニエルも多少の違和感を持ちつつもキシュの眼を見つめることにした。


「あ、あの。ゲヴァニエル様。」


「なんだ…。」


 キシュがゲヴァニエルに

 香油の小瓶をスッっと持つように促す。


わたくしはこれの使い方が分からないのです。使い方を教えては頂けませんか?」


(な、なんだと!?

 俺の手でキシュの…柔肌に香油を塗れと?)


(本能VS理性)


(本能WIN!!!!!)


「俺は構わない。では、始めよう。」


 下心丸出しでゲヴァニエルは小瓶を受け取った。

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