恋に堕ちて

ほし めぐま

♡愛の代償「私は貴方に嫁ぎに来たのです。」♠︎

 ──語り部より、親愛なる傍観者なるあなたへ


  ディズニーの人魚姫物語リトルマーメイドで、誰もが人魚姫のお話はハッピーエンドだと書き換えられてしまったが、人魚姫の最期は泡になり、そして風の精霊になって、結婚した王子たちを精霊になった姫が見守り続けるというのが本家のお話だ。


教訓的に物語を捉えるのであれば、本家のお話は


報われない恋はこの世に必ずあるし、

愛は報われなくてもあり続けるものという事だ。

対する今回のお話は天使と悪魔の恋の話。

めでたしめでたしとはいかない禁断の恋さ。


 物語の傍観者よ。よくお聴き…

 ──────────────────────


 天使と悪魔が恋をしてしまうことなど、

 たまにある程度の仕方の無い事だった。


 しかし、いざ恋をした時に

 恋の代償を背負うことになるのは必ず天使だ。


 何故ならば、悪魔は元来唆すものであり、

天使はそれに耐えなければいけない立場からだ。


 大抵の天使は神からの代償を聴いて泣き出したり、怒り出したり、やはり恋なんて人間がするものと吐き捨てて恋を諦める天使がほとんどであった。


 だが、過去にも未来にも1人だけ


 泣きもせず怒りもせず、恋を諦めもしなかった


 そんな天使が居た。


「主よ。

私はそれでも彼を愛しています。」


「彼と恋をするためであるならば、その代償を

 私は甘んじて受け入れさせて頂きます。」


【その日、天使は人間になった】


【羽も天使の輪も、神にもぎ取られた】


【無垢な天使にふさわしい眼だけを残して天使は

 親の居ない1人の人間の女の子になった。】


 羽と天使の輪を剥がれた痛みにも慣れて、

 天使だった頃の髪飾りや腕輪バングル

 旅の途中で仕方なく売って生きる糧とした。

 そこにたどり着くまで何年かかったのか、

 それは少女にも分からなかった。


 ただただ、魔界にあるという

悪魔ナイト・ゲヴァニエルの館を目指して少女は歩いた。


 重く立派な門に少女はノックした。


「ごめんください。」


 すると、「へぇ?」とゲヴァニエルの遣いらしきいかにもなタキシードを着た山羊の悪魔が門の扉を開いたが、一冊の分厚い本しか持ってないボロボロな見た目の少女を見て直ぐにびっくりする。


 なぜ小汚い人間の小娘が?徒歩で?

 魔界に?ほぼ丸腰で?なんで?

 山羊の悪魔は少女の頭から

 つま先までジロジロ見つめます。


 ゲヴァニエルの館が地獄にあるならば、

まだ人間が堕ちる場所だからまだいいでしょう。

ですが、魔界は罪を犯したり、主を死なせた聖獣が堕ちるための場所。そこは魔物と悪魔の領域であり、人間の魂が肉体と一緒に来れる場所では無いのです。


 そもそも、人間であるならば、

人間界からゲヴァニエルの魔法陣を描いて呼び出せばいいだけの話を…それも見るからに徒歩で来たのだから、まだ幼さが残る少女にも関わらず、その真剣な眼差しから冷やかしでは無さそうだから、これでは追い返せもしない。


 山羊の悪魔は心の中でこれは、

 面倒臭い事になる気がする。と呟いた。


「はぁ…。なんの御用が存じ上げませんが、

 武器も持たずに立っていても、

 ここではいずれ魔物に喰われかねません。」


「さあ、お入り下さい。」


 初めての魔界の建物に少女は胸を躍らせた。

別に深呼吸するつもりはなかったが、知らない家のお香に似たバニラのような匂いが少女の鼻腔を通り肺から出ていく。


 少女のソワソワした様子を見て、

 山羊の悪魔が応接間に案内をしながら少女に


「ゲヴァニエル様に、ここまで来た人間が居たことがあるかと問えば、嗤われましょうな。」

 と鼻で笑いながらぼやいた。


 山羊の悪魔は応接間に少女を案内した。


「主をお呼び致しますので、

 こちらで少々お待ちを。」

と言って、悪魔 ナイト・ゲヴァニエルの居る

書斎へ向かった。


「ゲヴァニエル様。お客様がお見えです。」


 山羊の悪魔は荒れた本棚とゲヴァニエルに読まれてもいないであろうに何となくで積み上げられた本達を山羊の悪魔は退かしながらゲヴァニエルに言った。


 ゲヴァニエルは酒に弱い悪魔であった。

下の立場にある山羊の悪魔は下戸な我が主に赤ワインも白ワインも辞めた方が良いと言えずいた。

 しかもこの悪魔はぶどう汁では嫌だと言って、悪魔としての威厳を保つ為だけにワインを嗜んでいる。


 その結果、毎回ゲヴァニエルが酔った勢いで、

変なタイミングでお風呂に入って風呂場でゲヴァニエルが溺れていたのを山羊の悪魔が助けたり、ゲヴァニエルが酔った勢いで今日こそは読むと言う本も酔ってては視界がぐるぐるになって読める訳がないので、本棚も無駄な積み本だらけの

この様な有様になってしまう。


 あぁ…今日限って客人が居るのに二日酔い頭痛付きコースか。と山羊の悪魔は心の中で諦めた。


「…ゲヴァニエル様。お客様です。」


 もう仕方がないのでべろべろのゲヴァニエルを山羊の悪魔が引きずって応接間に向かう事にした。


 ─ズズ…ズズ…ズズ…

 と今日も山羊の悪魔がゲヴァニエルを頑張って引きずる音が館に響く。


 ─ヵ、カ、カ。カチャリ。

可哀想に山羊の悪魔は主を引きずりながら、

やっとの思いで、応接間のドアノブを開けた。


「─ッ…はぁ、はぁ、はぁ、はぁい。

 お待たせ致しました。

 こちらがナイト・ゲヴァニエル様です。」


 これを読んだ君は想像出来るだろうか、

”一目惚れした相手”がお使いさんに背負われて、何やらぐったりして登場する瞬間を…。


 それを見て少女は青ざめた。


「ゲヴァニエル様!?」


「お願いしっかりなさって!」


「流行病に悪魔はかかるのですか?

 それとも外傷による重症ですか?」


 そう言って少女は山羊の悪魔に降ろされたゲヴァニエルの額に触ったり、怪我が無いか身体を観ている。


あるじは二日酔いにございます!」


 嗚呼!面倒臭い!どうとでもなれ!!

と思いながら山羊の悪魔が本気で少女に言った。


「心配には及びません!!」


騎士ナイトの爵位がある悪魔は

 二日酔いで死にません!!」


 本気で少女が心配する中、当のゲヴァニエルは「今日は珍しくちょっとうるさいのぅ。」と思って吐き気と酒の快楽の狭間を行き来していた。


 ゲヴァニエルの酒の匂いに気づいて、

 少女はほっとしてゲヴァニエルにこう言った。


「ゲヴァニエル様。

 貴方が酔っていても、いなくても、

 わたくしは貴方だけを愛しています。」


 そう言って少女がゲヴァニエルの額にキスをすると不思議なことにゲヴァニエルの酔いがみるみる覚めていく。


「私の名はアムネト・キシュ

 私は貴方に嫁ぎに来たのです。」


 強い言葉遣いとは打って変わって少女らしさのない母性すら感じてしまう笑みに酔いが覚めたばかりのゲヴァニエルは呆然としていた。


「む?」


 …つづく。

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