16話目

 山井騒動から一夜明けた今日。優は藤崎に対する罪悪感でいっぱいだった。

 今日は確かお互い夜勤なので会えるのだが、心中は心穏やかでは無い。

 いつも通り出勤していつも通り少し話す。これが習慣づいていた。

 しかし今日は出勤しても未だに藤崎の姿はない。真面目な彼女が遅刻するはずはないのだが、もしかして夜勤ではなかったのか。

 優はNINE(メッセージアプリ)で藤崎にどうしたのか尋ねたが、既読はつかなかった。もしかして具合でも悪くなってるのか。

 諦めて作業に没頭すると、通路でウチのリーダーと第七製造部のリーダーが話をしていた。

 優は藤崎の事が気になっていたので、二人の会話に耳を傾けると、

『それにしても、藤崎さんが急に休みになったからちょっと生産が追いつかないかも』

『珍しいね、あの子が当日欠勤とか。ウチは今日人員に余裕あるから後で誰か回すわ』

 という会話が聞こえた。やはり藤崎は休みらしい。あの元気な彼女が休みとは、自分は元より他の人も驚いていた。

 そう心配している内に食事休憩となった。

 優は食事よりも真っ先にロッカーへ向かい、スマホを取り出してNINEを確認した。

 しかし既読はついていなかった。おそらく体調が悪くて寝込んでいるのだろう。優は気持ちを切り替え、夜勤が終わったら様子を伺いに行こうと思った。


 いつも通り仕事は終わった。

 優は早速藤崎の様子を見に彼女の住んでいるアパートに向かった。

 車で30分くらいにあるのが彼女のアパートだ。しばらくして目的地に到着する。

 インターホンを押す。しかししばらく待っても反応はない。駐車場に彼女の車が置いてあるので、部屋にいる事は間違い無いと思うが。

 再度インターホンを押す。やはり彼女が出てくる事はなかった。

 きっと寝込んでいる最中なんだろうな。優はこれ以上は迷惑と考え、帰る事にした。

 自分のアパートに帰り、シャワーを浴びようと服を脱ぐついでにスマホを取り出す。するとNINEから藤崎のメッセージが届いていた。

『ごめんね。ちょっと具合悪くて寝込んでた』

 その言葉に優はようやく安堵した。色々聞きたい事もあるけど、彼女の体調をおもんばかって、『大丈夫だよ。早く良くなる事を願ってる』とだけ付け加えて、やり取りを終えた。

 しかしなんだろうこの気持ちは。今まで経験した事もないこの不安な感情。

 ちょっと体調が悪いだけなのに大げさだな…優は自嘲した。

 それよりもだ。

 優を脅かす一人の存在がいる。

 山井香純。

 彼女からのNINEがかなりの頻度で来るから大変だ。

 そもそも優は、彼女にNINEのアカウントを教えた事など無かったのだが、『あの事件』のその日の夜、いきなり優のNINEに見知らぬアカウントからメッセージが届いた。

『やっほー!優さん?香純だよ〜』

 何故NINEのアカウントがバレたのか。彼は追求せずにはいられなかった。

『電話番号から知り合いかもの一覧に、サムネイルで優さんのラインハルトコスがあったから、間違いないなと思ってメッセしちゃった』

 確かにNINEには、電話番号がお互い分かっていると、知り合い一覧表でアカウントが出てくる。そこで自分のサムネイルに自分のコスプレ写真を載せていたのだから、特定は安易であったろう。

 しかしこういうのは電話なりメールなりで前もって教えて欲しかった。山井のメンヘラに、改めてゾッとした。

 優と彼女のNINEのやり取りは、ほとんど山井の一方的なメッセージが送られて来る。今日はちゃんと学校に行けたとか、好きなアニメやマンガの話とか、優との併せで何をやりたいのか。極めつけは鬱状態の相談だ。

 鬱屈している時は、もうどんなに慰めや共感をしても、やっぱり私は生きてる価値がないとか言い出す。それでも粘り強く会話をする事で、ようやく立ち直れ…た気になる。

 山井の家庭は裕福らしいと、今までの会話で判明したが、親は厳しいらしい。

 本当は毎週のようにコスしたいのだが、特に父親が厳格で認めてもらえないらしい。そういう事情も彼女の弱い心を傷つけているのかもしれない。

 もしかしたら本当に優は、山井の一番の理解者なのかもしれない。

 しかしそれでも、彼は藤崎と結ばれる事を望んでいた。

 優は密かにある計画を立てた。

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