14話目
到着してラブホらしき建物を見上げた。
そこには西洋のおもむきのある、格式がありそうな雰囲気がした。
『凄いな、これがラブホとは到底思えん』
『でしょ?中はもっと凄いみたいだから楽しみ』
二人はキャリーバッグを取り出し、入口に向かった。
『二人で一万二千円になります』
会計を済ませる。折半しても六千円の出費はでかいが、六時間も滞在出来るので、スタジオよりずっとお得だ。
部屋のナンバーが書いてある部屋に入ると、優は驚いた。
部屋全体が赤く染まっており、装飾品も西洋っぽい。ベッドも王室という感じの作りで、まるで別の空間に迷い込んだような世界だった。
更に驚いたのは、スタンド式の照明が置いてある。部屋自体そんなに明るくは無かったので、これは助かる。おまけに、光を反射させて明るく撮れる撮影補助のレフ板もある。
『これは…相当クオリティ高いぞ』
『来て正解だったでしょ?』
確かにこれ程のロケーションを見たら素直に頷くしかない。今時のラブホ、恐るべし。
『じゃあ着替えよっか』
山井に促され、着替えを始める。
『ちょっと待て、俺の視界で服を脱ぐな』
優はごく自然に服を脱ぎ出し始める彼女を諌める。
『私は別に構わないよ〜』
『そういうわけにはいかないだろうて』
優は反転して着替えを始める。
『わあ〜優さんの背中立派だ〜』
『こらこら、見るなっての』
本当に距離感の近い女だな。優はため息をついた。
しばらくして優は着替えを終え、来る前にメイクしたのが崩れてないから化粧直しをした。
すると山井も終わったみたいで、優さ〜ん、と甘い声を出して後ろから抱きついた。二つの膨らみを感じる。
『おい、まだ撮影前』
『いいじゃん、LOVEネットは甘々な雰囲気なんだから今のうちに慣れておこうよ』
確かにLOVEネットの世界観は、歌詞の通り物凄く二人がラブラブな感じだ。サムネイルも二人が顔を近付けて、今にもキスしそうだ。
衣装は、優は黒いワイシャツを胸まで開けてセクシーさを出す。更にシルバーのアクセでワイルド感も出してみた。演じるキャラはKEITAという、青い髪に青い長いマフラーを巻いているのが特徴的だが、今回はマフラーは無し。おとなしめの髪型を少しアレンジして、かっこいい大人っぽくしてみた。
一方、山井の方は、ガッツリ背中も胸元も開けた黒いドレスでセクシーさを出す。彼女が演じるルカコは、ピンク色の長い髪で、綺麗な大人って感じが特徴的だ。
『めっちゃ綺麗じゃん。凄く似合ってる』
『ありがと。優さんも超イケてるよ』
互いのコスを褒め合う。コスプレあるあるの挨拶代わりだ。
『後は羽付きのヘッドホンで完成だけど、出来た?』
『もちろん!不器用なりに頑張ったよ』
そう言って渡されたヘッドホンは、黒いプラスチック板で出来ており、耳当ての部分は厚紙で丁寧に作られていた。特に目を惹いたのが、LOVEネットの特徴でもある、黒い羽が本当の羽っぽく作られていた事だ。
『めちゃめちゃクオリティ高いじゃん!』
優は予想外の出来の良さでテンションが上がった。
『そう言ってもらえて良かった』
山井も喜んでいるようだ。
『じゃあ早速撮ろうか』
優達は撮影の準備にかかった。
撮影は滞りなく順調にに行われた。
気になる暗い所も、照明やレフ板があったので難なく撮れた。
ただ、LOVEネットの絵としては相当甘々な構図が多いので、二人で撮る時はドキドキした。
『これちょっと近づきやしないか?』
『再現してるから諦める事だね』
山井は小悪魔っぽく笑い、優との顔をどんどん近付けてきた。
二つの柔らかい感触も感じたが、今の彼は藤崎との併せでさんざん密着した写真も撮ってきて慣れていた。優の『息子』も慣れたものでおとなしくしていた。
『おいおい、ここまで近いともうキスしてるようなもんだろ』
と言った刹那、山井は唇を重ねてキスをした。
優は慌てて唇を離し、満足したかのような笑みを浮かべる山井に注意する。
『さすがにキスはまずいだろ…他の人達にもそういうことしているのか?』
不意打ちのキス攻撃に、さすがの優も動揺を隠せない。
『ん〜優さんだからだよ。だって好きなんだもん』
突然の告白に、優は更に動揺した。
藤崎とは違う可愛さもあって、優の好みとしては合格なのだが、いかんせん山井は高校生。手を出す所かキスも危うい。
『ありがとう。香純ちゃんは凄く可愛いと思う。でも、さすがに高校生とは付き合えないよ』
『別にいいじゃん。バレなければ良いし』
『可愛いんだからもっと相応しい男もいるだろ』
『優さん以外考えられない。優しいし、私の悪い部分も受け入れてくれてるし』
そう言って山井は、左手を差し出す。そこには刃物で切ったような跡がたくさん残っていた。これがリストカットというやつか。
優はそっと彼女の傷に優しく撫でた。きっと今までたくさんの辛い事があったんだな。その度に手首を切って、生を実感したかったのかもしれない。
しかし普通だったら付き合う流れではあるのだが、優には藤崎という彼女が既にいる。
『ゆんゆんさんと付き合っているから?』
鋭い指摘に優は動揺したが、態度に出ないよう、平静を装った。
『付き合っていないよ。ただ、あの人にはコスプレ始めてから色々教えてくれるし、共通の好きな作品も多いから併せしてるんだよ』
優は咄嗟に嘘をついた。色々教えてくれるのは事実だが、付き合っている事はレイヤー仲間にも職場にも内緒の約束だ。
『じゃあいいじゃん。付き合っても』
当然食い下がる山井。なかなか折れない気がした。
『香純ちゃんが高校卒業したら付き合ってもいいよ』
その場しのぎの嘘をまた。しかしこれならあと一年の猶予がある。その間に山井には別の男を好きになってもらおう。そういう算段だった。
『ほんとに?』
山井は嬉しそうだ。このあどけない顔に嘘で固めた偽りの愛を送ってしまったのだ。はっきり断れない己の良心に、優は後悔した。
『まあね。でもその間に香純ちゃんが別の人を好きになっても許すからね』
むしろそうであってほしい。
『私は一途だから、一年位余裕で待つよ!』
山井の意思は固そうだった。
そんなこんなのやり取りをし、撮影を続け、気付いたら三時間が過ぎた。夢中になって時間が早く感じた。
ふう、と疲れたため息をつき、豪華なベッドに腰をかける。
『もう十分に撮ったなあ』
『そだね。優さんお疲れ様。喉も乾いてるだろうし、飲み物用意してあるよ』
『おっ、サンキュ』
『ちょっと待って。今出すから』
そう言って、山井は優に背を向け、キャリーバッグを開けてごそごそし出した。
今日は結構撮ったなあ。照明は助かるし、悪い部分は画像処理ソフトで編集してくれるみたいだから助かる。
山井は悪い子じゃない。きっと周りに恵まれなかったんだと思う。そりゃスキンシップは激しいけど、キスはやり過ぎだとは思うけど、彼女に今必要なのは愛情なのかもしれないな。優は彼女には優しくしようと誓った。
『缶コーヒーで良かったかな?』
そう考えていると、山井が飲み物を持って来た。
『疲れているみたいだからフタを空けておいたよ』
『お、気が利くね。ありがとう』
優は彼女から缶コーヒーを受け取り、一気に流し込む。
『ぷは〜!めっちゃ喉乾いてたから沁みるわ』
『優さん全然水分取らないんだもん。いくら屋内で空調効いてるからって、干からびちゃうよ』
そう言って山井もお茶を飲む。
しばらく沈黙の時が訪れた。なんというか、一仕事終えた感がするというか。もう少し撮るだろうけど。
しかしこのベッドも一応ラブホなだけあって、ふかふかで柔らかい。試しに身体を倒してみると、気持ちいい感触。
ここで目を瞑ったらもっと気持ち良さそう。自然と瞼が閉じようとしていた。ああ、コンタクトしたまま眠ったらいけないのになあ…と思った矢先に、優は眠りについた。
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