12話目

 優にはたくさんのコスプレ仲間がいた。

 レイヤーあるあるだが、コスをしてると距離感を感じず話しかけやすくなる。

 藤崎のおかげでもあったが、イベントで撮影をしていると、よく女の子に声をかけられる。

『ラインハルト様、一緒に撮って下さい!』

『壁ドンして下さい!』

 作品の垣根を超えて、みんなで記念写真を撮る事もある。

 そうしている内に、SNSのコスアルでフレンドになったり、メッセージのやり取りをしている子もいる。

 その中には初コスで知り合った、RIOもいた。

 RIOはそれまで結構な確率でイベントに遭遇した。中にはノエルで来た事もあり、RIOとライ×ノエの写真も撮った事があるくらいだ。

『高校生なのによくそんなイベントに来られるな』

『ウチはお金あるからお小遣いでやってるよ〜』

 そんな会話をした事もある。

 彼女は物凄くアグレッシブで、会えば必ず胸に飛び込んでくるし、事あるごとに腕を組んだりしようとする。

 聞けばRIOは高校二年生だというのだから、若い子は積極的なんだな〜と優は思っていた。

 そんなある日。

 毎日の日課にになった、コスアルのメッセージの返信をしていたら、RIOからもう返信が来た。

『…学校行きたく無い』

 聞けば、クラスで仲間外れにされているらしく、学校はしょっちゅう休みがちで、保健室登校もたびたびあるらしい。

 彼女が通っているのは女子校なので、女性特有の陰湿なイジメが彼女を悩ませているらしかった。

 そしてRIOは爆弾発言をした。

『手首切りたくなってきた』

 待て待て待て、それはさすがにやめさせたかったので、優は電話番号を教え、きちんと相談に乗ろうと思った。

 電話はすぐに鳴り、RIOの声は泣いていたんじゃないかというくらい、暗かった。優は彼女が自殺を図っていると考え、とにかく止めさせようと躍起になっていた。

『自殺はやめよう!まだ若いしいくらでもこの先希望がある!』

 するとRIOは、

『切るって言っても少しだよ。死ぬつもりはないけど、手首を切って血を見てると落ち着くの』

 と、優の推測を否定した。

 それでもそう言う事は良くないとは思うけれど、ダメとは言えなかった。

 彼女はいわゆる『メンヘラ』というやつだろう。そういう人には人格も、発言も否定しちゃダメだ。多分。優はRIOの心境を考え、言葉を選ぼうとした。

『学校なんて適当にやっていればいいさ。それでまた辛い思いをしたら、俺がいつでも相談に乗るよ』

 本心からそう言った。ただ、イベントで会うRIOは明るくてスキンシップの激しい元気な子だ。当然コス仲間もたくさんいるとは思うが、なんで相談する相手が俺だったんだろう。

 きっと下手に親しい人に話したら引かれるだろうから、疎遠になっても大丈夫な俺に、白羽の矢が立ったのであろう。優はそう結論づけた。

『じゃあ、今度KEITAやって私とボイスロ併せして』

『別に構わないけど』

『やった!』

 RIOの元気な声が聞けて、優はようやく安心した。

 彼女にとってのコスプレとは、現実世界からの逃避を意味しているのかもしれない。

 ちなみにボイスロとは、ボイスロイドという合成音声ソフトであり、声によってキャラが違う。主に作曲した声当てに、このボイスロが使われる。初めてRIOに会った時のコスも始目未来(はじめみらい)という女の子のイメージキャラクターであった。

『じゃあLOVEネット併せ!私羽付きのヘッドホン作るから』

 ボイスロの併せは、曲名によって衣装が違う。

 LOVEネットの衣装は、女性キャラが黒のドレスで、男性キャラだと黒のワイシャツを着るのがスタンダードで、ヘッドホンに白い羽が付いているのが特徴的だ。

『じゃあいつやるかな。俺は今月は土日休みはあっても埋まってるぞ』

『知ってる。コスアルにスケジュール載せてるもんね。またゆんゆんって人とやるの?』

 RIOの声のトーンが急に暗くなった。

『そうだけど?』

『じゃあ月末の平日にやろう』

『この辺で平日のイベント何かあったかなあ…』

『あるよ、イベントじゃないけど』

 そうなるとスタジオか…それだと出費がでかいなあ。優は尻込みした。複数人なら人数が多ければ多いほど、割り勘の金額が安くなるから良いのだけれど、二人で、となると一人当たりの負担が大きい。

『二人でスタジオはちょっと余裕ないっす…』

 ここは丁重にお断り、と言う事で。

『スタジオじゃないよ。しかも安いし』

 やはり平日イベントがあったのか、そうなると参加費が安いから助かる。


『ラブホだよ』


 えっ!?優は思わず声を上げた。まさかのラブホ発言に優はたじろいた。

『いや、ラブホで撮影会もあるのは知ってるけど、男女二人で入るのはヤバイだろ。RIOはまだ高校生なんだし』

『今は未成年でも参加できるラブホイベあるよ。ほら、こことか…』

 そう言って、RIOは通話でラブホイベの公式ホームページを教える。そこにはまるでコスプレスタジオとしてふさわしい内装がいくつか載っていた。

『すごいな、ベッドまで西洋の王室みたいに柱が建ってる』

『そこの二つ下の部屋なんて教室みたいだもん。ベッドは保健室みたくなってるし』

『ほんとだ。驚いたな〜ラブホ侮れん』

『でしょ?これなら十分良い絵が撮れるよ』

 うーん。確かにロケーションも良いし、安いのではあるが。優が気がかりなのは藤崎の存在だった。いくらコスの為とはいえ、二人きりで他の女の子と撮影なんて許してくれるだろうか?

『…まあ、考えとく』

『ダメ。さっき構わないって言った』

 確かに言ったが。もしこれで断って、俺が原因でRIOがショックで、手首を切る力がこもるかもしれないと考えると、もう断れない領域に入ったのかもしれない。RIOを救う意味でもここは承諾した方が良さそうだ。

『分かったよ。ただし、やたら滅多に手首を切ろうとするな。さっきも言ったように、何かあったらいつでも相談に乗るから。あ、仕事中以外で』

『ありがとう!ツバサさん好きっ!』

 出来ればライクの意味での好きであってほしい。

 さて、後は藤崎にどうやって許可を取るかだ。

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