9話目

 オフ会は近くにあったココスカというファミレスにした。

 運良く角の席をゲットでき、座って注文する。そして優はすぐさまトイレの洗面所でメイクを落とした。さすがに男がこのままだと痛い人と思われてしまう。

 無事にメイクを落としたが、カラコンは外さないでいた。度付きだから眼鏡を気にする手間が省けるからだ。赤の単色のカラコンは目立つが、そこは気にしないでおこう。

 お待たせしました、と、優は席に戻った。

『イベ中は飲まず食わずでも大丈夫でしたが、終わったらどっと疲れたしお腹も空きましたね』

『分かる〜。でも夏場は水分補給だけはしっかり摂った方が良いよ。熱中症で倒れてるレイヤーさん、たくさん見てるから』

 そう言えばゆんゆんは、撮影の合間に何度も水分補給をしてたのを思い出す。確かに熱中症で倒れたら運営に迷惑かけるし、最悪コスイベ自体開催出来なくなるのかもしれない。優は次は気を付けようと肝に銘じた。

『それにしても…』

 ゆんゆんは優をジロジロと見て言った。

『改めて見るとツバサさんて結構オシャレなんですね。凄くカッコいいです』

『え、いや、普段はもっと地味ですが、ちょっと気合入れすぎました』

『分かります。レイヤーは私服も問われますからね〜。でも…』

 またしても彼女は優を見て言う。

『髪型が崩れてなければ完璧だと思いますよ』

 くすくす、とゆんゆんに指摘された。

『う…』

 優はボサボサであろう自分の髪を撫でた。

『ゆんゆんさんはその点完璧ですよね』

 彼女は茶色のセミボブのウィッグを被り、服装は白のブラウスに下はグレーに模様の入ったスカート。いわゆる清楚系というやつだ。

 そしてブラウスから大きく突き出る二つの乳房…これで身体のラインが細いのだから、普段から相当努力しているのかもしれない。

『そんな事ないですよ〜ネットの安物です』

『あ、仲間ですね』

 二人は笑い合った。そしてその勢いのまま、ゆんゆんは話す。

『そろそろ敬語やめましょう?一日撮影した仲ですし』

『そうです…そうだね、敬語やめよう』

 それからすぐに料理が出され、お食事タイムとなり、ほとんど話す事なく食事を終えた。

『ツバサさんはパスタだけで物足りなくない?』

『普段はもっと食べるんだけどね。多分ゆんゆんさんの前だから遠慮してるのかも』

『遠慮する事ないのに…』

『お腹が出てる所を見られたくない』

『女子かっ』

 食後の談笑を終え、二人でドリンクバーから飲み物を持って来た。

『それじゃ、お楽しみの写真確認をしましょ』

『待ってました!』

 ゆんゆんは一眼レフカメラを取り出して立ち上がり、優の隣に座った。

『この方が二人で一緒に見られるからいいよね?』

『それはもう、大歓迎です』

 そうしてゆんゆんと写真の確認をしていて、あの時はこうだったと振り返ったりしたが、優達の距離は次第に近づき、密着状態となった。

 優は写真の確認よりも、ゆんゆんと密着している事の方が気になった。すごくいい匂いがするし、何よりはちきれんばかりの胸が彼の股間を刺激する。

 自分が見られている事に気付いたのか、ゆんゆんはニヤッとしてカメラを素早く操作していた。

『今のツバサさんの心境』

 と言ってカメラを見せられると、そこには撮影合間の優の姿があった。

『んん…!?』

 よくよく画面を注視していると、股間にテントを立てていた。

『えっ、あっ、これは…』

 まさか撮影中に既にバレていたとは…言い逃れが完全に出来ない状態だった。優は観念した。

『実は、女の子とこんなに密着したのは初めてで…』

『そうなんだ。失礼かもだけど、今までお付き合いした事は?』

『彼女いない歴=年齢です…』

『ふぅん、そっかあ』

 どうして自分の汚点をさらした挙句、童貞バレバレの事実を暴露する羽目になったのか。優はいたたまれない気持ちになって、無心でドリンクバーから注いだウーロン茶を飲んでいた。

 しばらく無言でいた時、静寂を打ち破ったのはゆんゆんであった。

『あのさ、私ってどう思う?』

『どう思う、とは…?』

 唐突な質問に優は戸惑った。

『ツバサさんの好みのタイプには入る?』

 好みのタイプ、か。確かに初心者レイヤーの俺に色々教えてもらったし、凄く親切で良い人かと思う。

『こんなに自分に優しくしてくれたし、良い人だと思う』

『そうじゃなくって!好きか嫌いかで言うと?』

 的外れの回答で呆れさせてしまった上に、優は今、究極の二択を迫られていた。

 嫌いな訳ではないし、むしろ好みのタイプだし、でもこれって愛の告白なんじゃないのか?優の心臓は高鳴り、脳内も混乱してきた。

 そもそも告白なんて生まれてこの方、一度もないし。いや、ギャルゲーなら慣れてるんですけど。でも今遭遇している場面は、確実に間違ってはならないと、優は選択肢を丹念に考えていた。

 つまり、

・好き(ラブ)

・好き(ライク)

・嫌い(今この場でありえない選択肢)

・普通(多分怒られる)

 選択肢はこんなもんだろう。後半の二つは消してしまってもいいだろう。そうすると『好き』なのか『愛』なのか、ここを熟考するべきだと思う。

 仮に好きです付き合って下さい、と言った時、『え、そんなつもりで聞いたわけじゃないんだけど。引くわ』との可能性も高い。

 分からない。分からないよ…助けて恋愛の神様。と、いつまで経っても埒があかない優に、ゆんゆんは痺れを切らした。

『じゃあお手洗いに行ってくるからその間に答えを出す事。わかった?』

 はいぃ…と情けない返事しかできず、その間にゆんゆんは席を立った。

 よく考えろ優。相手はこっちに少なからず好意的ではあるんだ。でもお互い初対面だぞ?こんなスムーズに付き合える事なんてありえるのか?非モテの俺に。

 ここは、まずはお友達から始めよう、がベストの選択肢だと優は結論を出した。これならどちらに転んでもなんとかフォロー出来る、かもしれない。

 そうこうしている内に、ゆんゆんが戻ってきたようだ。対面の席に戻ったみたいだ。

 よし、言うぞ!優は意を決してうつむいた顔を上げたその時、

『ゆんゆんさん、まずは…って、あれ?』

 目の前の彼女はゆんゆんであったはずなのに、見知った顔がそこにはあった。

 見知ったと思う彼女は、微笑んで言った。

『藤崎直子です。進藤さん、改めましてよろしくお願いします』

 そう自己紹介するゆんゆんの正体は、同じ工場で働く、藤崎直子だった。

 彼女はいつの間にか髪型が変わっていた。見慣れたショートボブに少し茶色がかった髪。するとさっきまでの髪型はウィッグ、と言う事か。ゆんゆんは、優のよく知っている藤崎で間違いなかった。

『ふ、藤崎さんだったの!?』

 よく見るとさっきまでの厚化粧ではなく、軽い薄化粧…普段よく見る『いつもの藤崎さん』の顔だった。

 戸惑う優に、彼女は答える。

『さっきの髪の方が進藤さんの好みだったかな?』

『いや!今の方が良いね』

 ありがとう、と言ってゆんゆんは嬉しそうに微笑んだ。うん、やっぱり俺のよく知る藤崎直子だ。

『こんな運命もあるんだね』

 一緒に撮ったレイヤーが実は職場の同僚でした。それを題名に一本書けそうな語感だ。

『運命…と言いたいけど、実は前々から気付いてたよ』

『そうなの!?一体どうして…』

 疑問に思う優に、ゆんゆんは語り始めた。

『まず以前からコスアルでやり取りしていたのは私』

 確かに今日のコスプレデビューまで数人とメッセージのやり取りはしていたけど、

『ゆんゆんさんの名前は見た事ないよ?』

『ふふ、じゃあ、名前に『ライ×ノエ愛しい』って人はいたよね?』

『ライ×ノエ…ああ!それがゆんゆんさんだったのか!!』

『そそ、名前で遊んでみたの。進藤さんがラインハルトやるって書いてたからそれに便乗したら食いつくかなっと』

『それで会いに来ます、って来て、今があるわけだ』

 優は合点がいった。しかしゆんゆんはガッツリメイクをして分からなかったのに、どうして自分はバレたのであろう。それが疑問であった。

『進藤さん、以前、出社した時にメイクしてたでしょ?しかもかなり濃い目に。眼鏡もコンタクトに変えて。それでもしかしてコスする人なのかな〜って思ったの』

 あの時か。確かにその日は藤崎に会っていた。メイクを咎められたような。

『藤崎さんに怒られた日だね』

 優は皮肉っぽく言う。

『全然怒ってないし〜ただあの場は完全に浮いてたから忠告したんだよ。それに、カッコよかったのは本当。進藤さんて普段は冴えない感じなのに、メイクするとこんなに化けるんだって。そのギャップにキュンとしたの』

 冴えない男がメイクで化けた。これもタイトルで一本書けそうだ。いや、そんな事よりこんな可愛い子にカッコいいと言われたのが凄く嬉しかった。

『それじゃ、俺を知ってて、あの、その…』

 優はモゴモゴと口を動かし、何を言っているのか分からない。しかしそれを察した藤崎は言った。

『私の事、好き?』

 とうとう彼女は、火の玉ストレートを投げてきた。ただ優は、これまでの会話でもう答えは決まっており、勇気を出してそれを伝えた。


『好きだよ』


 嘘偽りのない優の感情だった。さらに彼は、

『実は前々から藤崎さんの事を意識していた。製造部は違うけど、愛想も良いし、小柄だけど一生懸命に仕事する姿に惹かれた』

 と、付け加えた。おまけに胸も大きいし、とは死んでも言えんが。

『本当…?嬉しい…』 

 彼女は感動に打ち震えたかのように身体を硬直させ、ぱあっと開放感に満ち溢れた笑みを浮かべていた。

 しかし優は未だに懐疑的であった。

『本当に俺でいいの?藤崎さん結構職場で人気あるし…』

 そんな優の不安に、藤崎は、

『私オタクだし、非オタの男は興味ないんだよね。だからと言ってオタクなら誰でもいいわけじゃないけど。進藤さんは真面目だし、素朴で優しい人だって働いてる姿を見て思ったの』

 さらに付け加えて、

『何よりレイヤーとしても好きだから』

 彼の不安を吹き飛ばした。

 世の中にはオタと非オタのカップルはいくらでもいるだろうけど、個人的には好きな物を共有出来る相手に憧れていた。

 まさかコスプレをしてこんな展開が待ってるとは、まるでギャルゲーだな。優はあまりの嬉しさに夢心地であった。

『それじゃこれからは優くんって呼ぶね。よろしく優くん』

『ふ、ふつつか者ですが、よろしくです藤崎さん』

『ふつつか者って何それ〜しかも敬語だし。しかも苗字だし』

 藤崎は不満そうな顔をして、刹那、笑顔で言った。

『直子って呼んでね!』

 こうして優と藤崎は付き合う事になった。

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