8話目
なんとかやり切ったなあ。始めはどうなるか心配だったけど。終わってみれば仕事とはまた違う達成感に、優は包まれていた。
とりあえず俺も着替えるか、と、更衣室に向かおうとした時、
『あー!ラインハルト様だー!』
女の子の声がして目の前に立ち塞がった。
優はどう反応していいか分からず、立ち尽くしていると、やがてその子は彼の顔をマジマジと見て、そして頭のてっぺんから靴先まで見入り、
『イケメンのラインハルトだ〜』
と、喜んでいた。
ありがとう、と返し、更衣室に戻ろうかと思った刹那、女の子はなんと抱きついてきた。
『ラインハルト様ぁ〜』
『ちょ!何を!?』
『役得役得〜』
こっちこそ役得なのだが…一向に離れる様子がない。柔らかい女の子の身体を堪能したい、嬉しい場面ではあったが、やがてその子は抱きつくのをやめた。
『初めまして、RIOです』
と、彼女の突然の切り替えに戸惑った。
『どうも、ツバサと申します』
ご丁寧に挨拶を交わした。
RIOと名乗った女の子を見てみると、緑のツインテールで上は銀色、下は黒のスカートにニーハイ(膝上まである靴下)を身につけていた。
『もしかして、始目未来(はじめみらい)?』
優は彼女のコスプレ知っていた。今や国民的知名度まで上り詰めた、音声楽曲ソフトの声のイメージキャラ、始目未来であった。
『そうで〜す。どうです?似合ってます?』
『凄く良く似合ってます。可愛いですね』
本心だった。衣装やメイクのクオリティもさることながら、コスしているRIO自体も、あどけなさを感じ、可愛くてスタイルが良かった。何より若さに満ち溢れている!絶対学生だろと感じた。
『嬉しい!ありがとう!』
と、喜んで腕に抱きついてきた。胸の柔らかさが伝わる…ヤバイ、また『息子』が元気になる…
『ごめんね、実はもう帰るところで』
誘惑に打ち勝ち、抱きつかれた腕を離す。
『ええ〜せっかくイケメン執事様をたくさん撮りたかったのに〜』
はは、ごめんね。優は申し訳なさそうに謝る。
『じゃあせめて一緒に写メ撮ろう?』
RIOは残念そうな表情を浮かべ、しかしスマホを取り出すとまた笑顔になった。ころころ表情を変えるのが小動物ぽくて可愛い。
『撮りますよ〜はい』
彼女はまたしても優の腕を組み、顔も接近させてスマホのカメラフレームに収めようとした。
パシャ、と撮り終えた。
『これコスアルに上げていいですかぁ?』
『別に構わないよ』
やったー!とはしゃぐRIO。続け様に言う。
『名刺交換しましょう』
と言い、手に下げたバッグをゴソゴソ始めた。
『名刺…?本名とかバレるのはまずくないですか?』
『…ツバサ兄さん、もしかしてコスプレ初心者?』
『うん…』
そっかー、と言いつつ取り出した何かを差し出した。それは名刺サイズの大きさで、そこにはRIOの始目未来のコス姿が写っており、端にはコスネームのRIOと、コスアルの登録番号、そしてメールアドレスが書かれていた。
『これからも同じコス仲間との交流もあるだろうし、作っておいた方がいいよ。今はパソコンとプリンターで全部出来ちゃうから』
なるほど、名刺か。優はまた一つ学んだ。
『って、着替えなきゃいけないんだった!名刺ありがとう!また会う機会があったらそれまでに作っとく』
『うん、また会いたい。コスアルにメッセージしておくから』
また会いたい…そう言われて優の胸は鼓動した。言ってる本人は何気なしだろうけど、女性慣れしてない彼にとっては刺激的な出会いであった。
着替えを終えて受付に歩むと、そこには既にゆんゆんと思わしき人物がが待っていた。
ウィッグを外した姿を見るのは初めてなので一瞬戸惑った。彼女は綺麗に茶色がかったミルクベージュで、肩までかかるセミボブだった。これが本当のゆんゆんか。
『待たせてごめんなさい!』
『大丈夫ですよ、私も終わったばかりですし。それよりも…』
彼女は優の頭に視線を向け、
『髪型、爆発してますよ』
そう言ってくすりと笑った。
優はすぐさまバッグから鏡を取り出し確認した。コスする前はツンツンとした髪型だったのが、今はぺしゃんと潰れており、寝起きのような乱れ方をしていた。
『うわっ!?ヤバ…』
慌ててセットし直そうとしても、ジェルでガチガチに固まっていたので全然直らない。これで人前に出たら絶対笑われるだろ。優はそうして焦っていると、遠くから声がした。
『ツバサさーん!』
と叫んでどすっと衝撃がした。
『イケメン執事様の私服もイケメンだ〜』
声の主は先程会ったRIOだ。よく見ると横から抱きつかれていた。柔らかい感触が左腕から感じる…このままずっと堪能、しているわけにもいかず、優しく振りほどいた。
『頭凄い事になってるよ?』
やはりRIOの目から見ても酷い有様なんだと自覚した。
『アフター用のウィッグ持ってないの?』
『アフター用?』
『そそ、ウィッグ被るとみんな髪型乱れるから、それ用に普通の髪型のウィッグを被るの。そこの人みたいに』
と言いながら、RIOはゆんゆんに視線を向けた。するとゆんゆんは淡々と言った。
『その人の言う通り、私もウィッグ被ってるんですよ』
心なしか、ちょっと冷たい感じがする。気のせいかもしれないが。
そうか、アフター用のウィッグか。確かにゆんゆんの髪を見ていると、綺麗に整っており、一糸乱れていない。そう思っていると、RIOは、
『その女の人が『併せ』の相手?』
『併せ?』
優は今日何度も聞いた事のない単語ばかりで、脳がパニックしそうになっていた。
おまけにRIOは、いつの間にか離したはずの優の腕を両手で掴んでいる。
どうでもいいけどこの子スキンシップ激しくないか?口調も初対面なのにすっかり友達感覚だし。これが陽キャというものなのか?そう考えている内にRIOは続ける。
『同じ作品のキャラで一緒にコスするのを併せっていうの』
『へぇ〜。じゃあラインハルトとノエルは?』
『併せどころかカップリングだね』
するとRIOは、ゆんゆんの方を向き、しばらくじろじろと見ていた。まるで値踏みするかのように。そして、
『この人がノエルやってたんだね。似合ってそう』
と言いつつ、褒めている割にはその声のトーンは落ちているような気がした。するとゆんゆんは、
『始目未来ですよね?凄く似合ってますよ』
ニコっと笑い、褒めた。
『どうも』
冷めたような言い方で返す。なんだろう、俺とゆんゆんとでは温度差が違う。優はひしひしと感じた。
『ツバサさん、そろそろ…受付前でいつまでもいると…』
『あ、迷惑になりますよね!じゃあRIOさん帰りますね』
そっかー。RIOは残念そうに言った。
『お疲れ様。今度は私とライ×ノエしてね!』
『うんうん、それじゃあ』
そうして優とゆんゆんは入口から離れた。
駐車場に着くまでに、二人は一言も交わすことは無かった。優はオフ会の場所とか聞きたかったのだが、彼女がそれを許さない、冷たい感じがした。どうしたのだろうか、撮影中はあれだけ楽しく過ごせたのに。
しばらく立ち尽くしていると、ゆんゆんは、ハッと我に返ったように優に笑顔を見せた。
『ごめんなさい、オフ会の場所を考えていて…』
なんだ、そういう事か。彼は彼女の笑顔を見られてホッとした。
『ここからだと近くにファミレスがあるのでそこにしましょう』
了解。そうして優とゆんゆんは、それぞれの車に乗り込んで、会場を後にした。
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