7話目
『この洋風な背景は会いそうですね、撮りましょう』
そう言ってゆんゆんは、長細い袋からカメラに取り付ける三脚を取り出し、一眼レフカメラを出した。
彼女も一眼レフカメラを持っているのか。確か一眼ってそんなに手軽に買えるもんじゃないぞ。下から六万円はするであろう。
『ツバサさんはカメラは?』
『それなんですけど、実はカメラを持っていなくて。スマホのカメラで大丈夫かと思いました』
『それでしたら撮影は私のカメラで撮りましょう。イケメンな執事を撮りまくります』
彼女は褒めるのが上手い。取られる俺としても良い気分になる。
そうして優は、考えていた銀トレイを持ったり、ナイフを4本片手に挟み込んで戦うシーンを再現した。するとゆんゆんに、ラインハルトのクオリティを上げる為に、脇を締めたり、背筋を伸ばしたりするようアドバイスも貰えた。
『実は小物もあるんですよ、ほら』
と言って、ゆんゆんは手提げバッグから、黒い薔薇の造花を出した。
『ラインハルトに黒薔薇は似合うと思って100均で買ってきました』
『えっ、俺用にですか?もしかして用意してくれたんですか?』
そう言われたゆんゆんは、若干照れながらもそうですと答える。
『今日はツバサさんがラインハルトをやるというので、私もノエルで合わせてきたんです。もし他に誰かと一緒に来たら、せめてツーショットを何枚か撮れればいいなあと』
そうだったのか。優はぼっちを回避した上に一緒に撮ってくれる目の前の女神に感謝した。危うく撮影が主目的なイベントで、ただコスプレしておどおど歩き回る羽目になる所であった。
『さぁ撮りますよ〜』
優は黒薔薇を受け取り、香りを嗅ぐ仕草や、カメラに向かって差し出すポーズをした。そうしてあらかた取り終えた後、
『どんな感じに撮れてるか確認しましょう』
どれどれと、カメラを覗き込むとゆんゆんも顔を近づけてきた。ふわっと、彼女から良い香りがしてドキドキしてきた。ヤバ、女の子とこんなに密着した事なんてないぞ…優は込み上げてくる『何か』を必死に抑え、写真を見た。
『すごい!こんなにカッコよく撮ってもらえて嬉しいです!ゆんゆんさんて本業がカメラマンとか?』
『まさか!写真を撮るようになれば自然と上手くなりますよ』
彼女が撮った写真は本当に良く撮れていて、ラインハルトらしさが出ていた。
『今度は私も撮ってください』
と、一眼レフカメラを渡された。
『あ、あの、一眼レフカメラって触った事ないんですが…』
『簡単ですよ。設定はしておきましたので。後は撮る時にシャッターボタンを半押しすると、ほら、目標にピントが合ってるか画面に出ますので、そこでボタンを押してください。試しに撮ってもらって良いですか?』
そう言ってゆんゆんは、右手を腰にあてて偉そうなポーズをする。その姿を優は、カメラを縦に曲げて全身が写るように納め、顔にピントを合わせて一枚撮った。
『こんな感じでいいですか…?』
『良いですね!そんな感じで何枚かお願いします』
彼女はそれからもポーズを変え、優が角度や高さを変えて何枚か撮ってまた変える、という風に撮影していった。
うん、可愛い。その一言に尽きる。元々端正の取れた顔立ちをしていて、メイクでしっかり魅力が倍増している。
しかしこうしてゆんゆんをよく見てみると、誰かに似ているような気がした。優は誰だろうかと思案した。すると、
『どうかしましたか?』
ゆんゆんはポーズを止め、こっちに近づいて来た。やばい、不安にさせちゃうかな。優はすぐに考える事をやめ、カメラに専念しようと思った。
『可愛いですね!!』
優は自信満々にグッドをした。
きっとどこかのアイドルに似てるんだろうな、可愛いし。切り替え切り替え。
『あ、ありがとうございますぅ…ってそうじゃなくて写真写りを』
彼女は少し頬を赤らめた気がした、かに見えたが、メイクでそれを読み取る事は出来なかった。
『さすがベテラン様はポーズが決まってますね』
優は堂々としたポーズを披露するゆんゆんに、こなれた感じを覚えた。
『ベテラン、ってほどではないですよ〜』
聞けば彼女は、コスプレを始めて一年程度らしい。何回も撮影していれば自然と身につく事を教わった。
そうして場所を変えては撮影をし合って一時間くらいが経った。
『それじゃそろそろ2ショットを撮りましょう』
2ショット。まさか夢に見たラインハルトとノエルの2ショを撮れるとは思わなかった。
何かリクエストはありますか?というゆんゆんの問いに、優はマンガの扉絵で載っていた、ノエルの手の甲にラインハルトがキスをするシーンを希望した。
『良いですね、やりましょう』
早速手を差し出すゆんゆんの手の甲に、優はしゃがんでキスするポーズをした。彼のファーストキスはゆんゆんの手となった。
『このままでいて下さい。カメラのタイマーで撮りますので』
そう言いながら、彼女は三脚にセットしたカメラを少しいじって、足早にこっちに戻ってまたポーズをした。
パシャ
そして撮り具合を確認する。そこにはしっかりフレームに収まったシエルとラインハルトがそこにいた。
『しっかり撮れてます。角度を変えてまた撮りましょう。二人での撮影は大変ですが、それも醍醐味という事で』
確かに二人で来て2ショットを撮る場合、こうして三脚を用意してカメラを固定し、微調整をしながら何度も撮り直す必要がある。
他の参加者達は三人以上で来て、複数人での撮影をしている。中にはコスプレをせず、カメラマンらしき人が撮影に専念しているグループもいた。
よくよく考えてみたら、一人で参加ってとてつもない勇気が必要というか、無謀だという事に優は気付いた。幸い
ゆんゆんがいてくれたからこうして形に出来るのであったが。改めて彼女に感謝だ。
『…さん…ツバサさん』
ふと考えにふけって、ゆんゆんの声に気付かなかった。
『すみません、ぼ〜っとしてました』
『もしかして寝不足ですか?私もあんまり寝てなくて。それより、今度は私のリクエストで一緒に撮りませんか?』
カメラの調整をしながら、彼女は聞いてきた。もちろん断るなんて事はあり得ない。むしろどういう構図なのか楽しみだった。
『私を後ろから抱いて下さい』
…
……
…………ファッ!?
だだだ、抱くってそれ男同士で!?いや違う!演じてるのは男女、つまり俺とゆんゆんさんだ!ぐるぐると思考が上手く回らないでいると、彼女は続ける。
『折角のイケ執事ですから、ライ×ノエで耽美な写真が欲しいんですよね』
ライ×ノエ…つまりはカップリングであり、先に名前があるのが攻め、後に名前は受け、という主にボーイズラブモノに多用される言い方だ。という事を、昔漫研時代の女性部員に教わった。
『こんな感じで』
と、いつの間にかあったイケ執事のマンガの扉絵を指差して言った。
そこには微笑するラインハルトが、恥ずかしそうにしているノエルを後ろから軽く抱いている構図があった。
『だ、大丈夫ですか?こんな過激な…』
するとゆんゆんは何かのスイッチが入ったかのように、元気に語った。
『コスプレですから問題なしですよ。それに、これからもっと刺激的な構図も撮りますから!』
もっと刺激的な…?優は寝不足の頭をフル回転させて、イケ執事のマンガの絵を思い出した。過激なシーン…
うん、色々あり過ぎてこれもうわかんないや。優は考える事をやめた。
そして彼は、覆い被さるように後ろから手を回して、軽く抱いた。
ゆんゆんの甘い香り、そして華奢な女の子の柔らかい身体。女の子にこんなに接近した事は皆無。優はその幸せを全身で堪能していた。
再び込み上げるモノがあった。さっきより数段格別な勢いで。その正体は…
性欲
だ。
さすがにこのシチュエーションに、彼女いない歴=年齢の優には刺激が強過ぎて、優の息子は大きく、そして固く奮い立った。
『ツバサさん、どうしました?』
急にしゃがみ込む優を見て、ゆんゆんは心配そうに尋ねた。
どうか、はしていてた。まさかフル勃起して立てないんですよ〜、とは言えるわけもなく、彼女にバレないようにしゃがんで隠していた。
『大丈夫ですか?お水飲みます?』
優しく気遣うゆんゆん。彼は彼女の申し出をやんわり断り、頭の中で掛け算の九九を必死で計算していた。そうしている内にイキリ勃った息子は穏やかになってくれた。
『ちょっとウィッグネットが締め付けて痛かったのでずり上げました』
彼のとっさの嘘。ではあるが、これは本当の事であった。以前練習した時もそうだったが、ネットが締め付けて頭痛がしてくるのだ。
実は今日も頭痛がしてきたのを我慢していた。なので、耳の付け根まで被ったネットを試しに少し上げたらマシになった。『息子』もマシになった。
『それは始めたての私もそうでした。結構キツイですからね、ウィッグネット』
気を取り直して撮影を再開する。
その後も押し倒したり、アゴを持って、くいと唇を近付けたり刺激的な撮影ばかりになった。優の『優』は、その間ビンビンであったが、せめて写真には写らないよう心がけた。
そうして刺激的な撮影は終わった。優は解放されたと安堵した。驚きなのは、その間ゆんゆんは平然とした顔で撮影していったことである。
そういえば今日も暑い日ではあったが、今更ながらそれを感じた。黒一面の燕尾服をまとっていたが、建物の陰で撮っていたおかげで幾分暑さは和らぎ、また、撮影に夢中で大して気にならなかった。実際、ゆんゆんも下は短パンではあるが、上は着込んだ服装なのに。
レイヤーって強いなあ。そう感心してる時、ゆんゆんが話しかけてきた。
『一通り撮りましたが、何かリクエストはありますか?』
リクエスト…20通りくらい構図を変えて撮ったので十分ではあるが、優はひとつだけやってみたいポーズがあった。それを伝えると、ゆんゆんは慌てた様子で、
『ダメ!私重いから!』
と、即刻拒否されたが、彼女の意思を無視して、よっこらせと腕で抱くような形で彼女を持ち上げ、お姫様抱っこをした。
『だめだめー!重いからぁ!!』
しかし言葉とは裏腹に抵抗はせず、されるがままである。さすがに恥ずかしそうな面持ちだ。その表情に、優は可愛く思えた。
マンガやアニメなんかで憧れていた、お姫様抱っこ。それが我が人生で成就出来たのだ。優は満足感でいっぱいだった。
小柄でスリムなゆんゆんを持ち上げる事は、仕事で材料を持つよりもずっと軽かった。スムーズに一枚取り、あっさりと撮影が終わった。
『もぉ〜お姫様抱っこなんて始めてだったのに〜』
『俺もですね』
彼女はまんざらでもなかった態度であった。
『じゃあ少し早いですけど、お開きにしますか?この後もし予定がなかったらオフ会しませんか?』
『オフ会…ですか?』
『打ち上げみたいなものです。お腹も空きましたし、何か食べながら写真を確認しましょう』
優は二つ返事で承諾した。撮った写真の出来栄えが楽しみだった。
『先に更衣室で着替えてきますね。受付前に集合で』
そう言ってゆんゆんは、機材などを片付けて先に戻って行った。
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