6話目
建物から出て見渡すと、そこにはコミュティセンターとは思えない洋風な造形をしていた。あちこちに樹々が生えており、中央には芝の広い庭もあった。イケ執事のロケーションとしては悪くない。
ちなみに隣には神社もあり、そこでの撮影も可能だという事を、和装のコスプレをした女の子達が話していた。
よし、やるぞ!
…何を?
……
しまった!コスプレをしに来たのだが、そこからどうすれば良いのか今更ながら全然分からなかった。
こういう時は仲間同士、写真を撮り合うものだろうか?入口から周りの様子を見ていると、コスしてる女の子達と一緒に私服の男がカメラや機材を持って歩いている。もしかしてカメラマンってやつか?しかもあのカメラマンの持ってるカメラ、一眼レフだっけか、とにかく高いカメラでを持っていた。
撮影機材なんて全く頭にもなかった…しかも一人でどうしろと?スマホで自撮りするくらいしかない。寂しい!というか今更ながらに恥ずかしくていたたまれなくなってきた。ぼっち男がコスイベ初参加は無理ゲーだったのか…
帰ろうかな。そんな時であった。
『ツバサさん、ですよね?』
救う神がそこに現れた。
初のコスプレ、そしてコスイベで一人どうしようかと内心焦っていた優に、その子は声を掛けた。
『もしかして『ツバサ』さんですか?』
『あ、あ、はいっ。つ、ツバサです!』
『やっぱり〜ラインハルトしてる人、ツバサさんしかいなかったからもしかしてって』
『…という事は、コスアルで絡んでくれている?』
『はい、『ゆんゆん』です』
『ゆんゆんさん!初めまして!』
なんと以前からSNS・コスプレアルバムで絡んでいる、現役コスプレイヤー、ゆんゆんに話しかけられた。
『メッセ(メッセージ)した通り、会いに来ちゃいました』
少し照れ気味でぺこりと頭を軽く下げる。背が小さくてしぐさがとても可愛らしい。元々可愛い顔をしているんだろうな。でもメイクのそれは乙女というより美少年みたいな。暫くして彼女のコスに目を見張った。
『ゆんゆんさんのそのコス…ラインハルトの主、ノエルじゃないですか!』
『はい、初出しですけど頑張ってみました』
優が驚いている刹那、ゆんゆんは続けて言った。
『どうですか…?似合ってますか…?』
不安そうにたずねる。
イケ執事のラインハルトの主であるノエルは、一応少年キャラではあるが、女性の様な可愛らしい顔つきと性格のギャップで人気が出ている。
そして目の前にいるノエルは、とても可愛くて華奢な体型をしており、更に衣装やウィッグも完璧に着こなせていて、特徴である青い瞳もしっかり再現している。メイクに関しては、完全に可愛い男の子だ。
『レベル高すぎます。完全に再現してます!』
『ほんとですか?イケメンの執事様に言われるとすっごく嬉しいです』
ゆんゆんは嬉しそうな表情で優の目を見た。あんまり女の子慣れをしてないので、彼は目を背けて照れた。
『ツバサさんのラインハルトだってクオリティ高いですよ。衣装は完璧だし、メイクも慣れてないはずなのにしっかりこなしてるし』
『ゆんゆんさんにそう言われると光栄です』
『ただ…ウィッグは少し長いかもですね』
うっ、痛い所を突かれた。やはり少し長すぎると思ったんだ。優は反省した。
『後は、身長をもっと伸ばしたほうが良いかな。ノエルとラインハルトの身長差を考えるともう少し欲しいですね。ほら、撮影で一緒に並んだら違和感があるじゃないですか』
なるほど、そこまで考えが及ばなかった。一緒に撮影なんて頭に無かったので、まさか身長差までコントロールする必要があったとは。170センチの身長では無理があったか。
『そういう時は厚底のローファーや、それか厚底のブーツなんてあると便利ですね』
『ブーツ…ですか?』
『はい、ローファーだとコスするキャラの範囲が限られますが、ブーツだと大体なんとかなります。ズボンの裾で隠れて分かりづらくなりますし』
やっぱり経験者の言葉は違うなあ。優は目の前にいるベテランに強く関心した。
『でもカラコンの発色は良いですね。すっごい赤目。高かったんじゃないですか?』
『そうなんですよ。一万円くらいしました。度付きでなければその半額で買えたんですけどね』
カラコンは、安いものはほとんど目の色が変わらないが、コスプレ用のカラコンだと、値は張るが、発色は完璧だった。結局乱視用のカラコンは扱ってない所が多く、断念したが、着けてみると乱視だという事が気にならなかった。
改めて今回初めてコスプレをしてみて思った。
お金がものすごくかかる。
衣装とウィッグで一万円、小物五千円、メイク用品一色八千円、そしてカラコン一万円で送料を含めたら三万五千円はゆうに超えた。
更にイベント参加料やそこまでのガソリン代を含めると…
富豪の遊びかこれは。優は改めて銀行口座の残高がおもいっきり減った事に気分が滅入った。いかんいかん、今はそんな事考えずにイベントを楽しもう。と、考えていたら、
『今日は一人で来られたんですか?』
ゆんゆんに聞かれた。
『そうですね、お恥ずかしながらぼっちですね』
思わず苦笑い。
『そういう事でしたら、ツバサさんさえ良ければ一緒に回って撮影しませんか?』
『えっいいんですか!?』
『実は、ツバサさんと一緒に撮る為に今日はノエルで来たんです』
ああっ女神様!ぼっちで困っていた優に光明が差した。いや、この場合はゆんゆんに後光が差したというべきか。
『まずはあちらから行きましょう』
ゆんゆんは元気な声で優を手招きした。
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