5話目

 コスプレイベント前日。

 優は前日夜勤、当日早番という鬼畜シフトを終え、くたくたになっていた。

(本当に地獄なのはこれからだ…)

 いつもなら死んだように眠る所ではあったが、衣装やメイクの準備をして、確認しなければいけない。

 睡魔と戦う為にいつもより高い栄養ドリンクは飲んだ。それが効いているのか、はたまた初イベントのテンションなのか、優の眠気は吹っ飛んでいた。

 寝たら絶対に起きられないか遅刻する。彼は寝ずに当日参加すると決めていた。この感じ、学生時代に徹夜で同人誌を描いていた頃を思い出す。

 時間を稼ぐ為、コスプレするラインハルトが出る、『イケメン執事と可愛い主』のアニメを見返していた。ラインハルトが銀のステーキナイフを何本も指に挟んで投げる姿がカッコいい。やはりこのポーズは必須だな。これも既にステーキナイフは買ってある。100均で。

 ブログにも書いておこう。明日、埼玉県加須(かぞ)市のイベントに、ラインハルトでコスプレ初参加します、と。

 コスプレイヤーにはコスネーム、いわゆる同人誌でいうペンネームというのがあり、優は考えた挙句、『ツバサ』と名付けた。これはとある美少女バトル物の登場人物で、一番好きなキャラから取った。

 そうした経緯から加えて、実は以前、衣装が届いた日にコスアルに投稿した、首から下のコス画像を載せて以来、少しずつアクセス数が伸び、メッセージ機能でやり取りする子もいた。

 やはり多くのコスプレイヤーは女の子が多く、優のサイトに足跡を残すのも女の子ばかりであった。

『私も参加します!』

『ツバサさんのイケメン執事期待します!』

『写真待ってまーす』

 等と多数の反応があった。首から下をしか画像を上げてないのだが、すっかりイケメンだと誤解されてるのが辛い。手のひらクルーもありえる。

 そうならない為にも、せめてコスのクオリティだけでも上げようと専念していた。メイク!ポージング!

 そう考えている内に時刻は早朝の5時を回った。

 ヤバイ、眠いかも…優は急激に襲われた睡魔と戦っている。だがしかし、それこそ今から眠るのは最も危険だと思った。こんなことならやはり少しでも仮眠を取るべきだった、今更ながら後悔した。

(眠気覚まし専用ドリンク、2本行っとくか)

 こんな事もあろうかと、眠気覚まし用のドリンクも買っていた。他には栄養補給のゼリーを。

 優はこの朝食を食べたら、コス中は一切飲食はしないと決めた。何故ならメイクで唇を潰すので、その状態で飲食をすれば唇が乱れてしまうのと、少しでも痩せた状態でコスを見せたいと思っていたからだ。

 最悪熱中症になったら、お陀仏である。

 彼はドリンクとゼリーを食べ終え、メイクをしようと考えていた。

 イベント開始時間は10時からだが、いかんせん優にはメイクスキルが足りていない。特にコンタクトを入れたり、目の周りのメイクをするには相当の時間がかかる。

 会場に着いてからメイクしたのでは遅いし、車で行って早めに着いても車内でメイクするのは難しい。落ち着いてしっかりとメイクするにはこの時間が妥当だと思った。

 そうして優は、メイクに没頭するのであった。



 自宅から会場までは車で1時間程度で着いた。

 開館から30分前に着いてしまった。仕事じゃいつもギリギリまで粘るのに。こういう時だけはしっかりしているな。と、優は自嘲した。

 100均で買った手鏡を見ると、大丈夫、メイクは崩れていない。が、目のクマが目立つ。やはり仮眠を取るべきだったか。

 すぐに化粧ポーチからファンデーションを取り出し、クマの上から塗りまくる。よし、マシになった。

 そうこうしている内に、参加者だとあろう人達がキャリーケースを引いて会場の中へ入って行った。

 キャリーケース!そういうのもあったのか!!優が衣装等を入れてきたのは旅行用のバッグだった。まあ車で来たから大差はないか。

 さてと…コスプレ前にメイク顔の自分をさらしに行くわけだが。服装もバッチリ決めた。こういうのはコスプレ前も重要だと思う。

 黒の模様がカッコいいTシャツに、暗めのダメージジーンズ。そこにバックルが大きいベルト、靴も黒の派手なホストが履きそうな物。そしてシルバーのネックレスや指輪をしていた。いわゆる『お兄系』というファッションだ。全てネット通販で揃えた。髪も普段から短髪なので、ジェルで細かく立たせている。

 ちなみに普段は『ウニクロ』か『むらしま』のやっすい服で済ませている。なにしろオシャレする機会など無いのだから。

 車から出て会場に向かう。ドキドキするなあ…周りの人達に上手く溶け込めているだろうか。『オイオイあいつ気合入れすぎてワロタw』なんて思われていないだろうか。優は自意識過剰に陥っていた。

 入口の受付で参加費を支払い、前を行く女の子達に着いて更衣室へと向かう。するとスタッフらしき男性から、

『男性の更衣室はこっちです!』と、指を差された方を見やる。そこには部屋らしき様子は無く、大きなつい立てが置かれていた。

『あの仕切りの中で着替えるんですか?』

『そうなんです。すみません、男性の参加者は少なくてスペースの確保が難しいんですよ』

 そういうものなのか。優は半ば納得せずに支持された仕切りの中に入った。

(こ、これは…)

 仕切りの中はダンボールが積まれていて、建物の備品等が雑多に置かれていた。つまりここは物置だ。その中に数人のレイヤーと思わしき男が着替えをしていた。

 場所も暗いし狭いしメイクがしづらいなあ。男性の扱い酷すぎないか?

 おまけに荷物は自分で管理しなくてはいけないらしくて、財布や貴重品等は危なくて置いていけない。

 完全にコスプレイベントを舐めていた。素人でも出来るようなずさんな運営だ。でもまあ不満を言っても仕方がない、バッグは持ち歩こう。

 優はゆっくりと着替えを終え、今度はウィッグを被る為のネットを被る。ここで手鏡を取り出し、再びメイクのチェックをする。よし、大丈夫だ。

 そしてセットしたウィッグを取り出し、被り、微調整をする。なんか全体的に微妙に髪が長い気もするが、特段間違えているわけでもないので気にしない事にした。

 最後にもう一度鏡で確認して…と。照明がないので確認しづらいが、多分大丈夫であろう。

 さあお披露目だ。優の心臓は高鳴っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る