4話目
『おはざーす』
優は出社し、いつもの適当な挨拶をしてロッカーで着がえを始める。同僚から挨拶が返ってくる。
彼は自分のメイクに気付いて驚いて欲しいのであるが。
いちべつをくれる者もいたが、誰も優の顔を見る者はいなかった。
そりゃそうか。優は納得した。日々の変わらぬ一日の一つなのだ。まさか皆が自分が眼鏡を外してメイクしたなどど思うわけが無かったのである。
まあそのうち誰かに気付いて笑ってイジってくれるだろうと、優は着替えを済まして廊下を歩く。
そんな時であった。
『すみません、あなた新人さんですか?』
可愛らしい声で呼び止められ、声の主の方を向く。そこにはショートボブに薄く茶色がかった髪をし、同じ作業着を着た女の子が不思議な表情をして立っていた。
優は彼女を知っていた。同じ同僚の『藤崎直子』さんだ。
『いえ、自分は第八製造部の進藤です』
『ええ〜進藤さん?なんでメイクしてるんですか?』
『あの、これは…』
まさかコスプレのためとは言えるはずもなく。
『親戚の子が来て悪ふざけで化粧されちゃってえ。時間もなかったのでそのまま来てしまいました』
『そうなんですね。進藤さんって眼鏡してたと思ったけどよく見るとコンタクトもしてるんですね』
俺の事知ってるんだ。優はちょっぴり嬉しかった。と喜んだ束の間、藤崎さんは、
『でもさすがに男の人がそんなガッツリメイクしてるのはウチではマズイですよ。女の私だって薄くしかしてないのに』
確かに藤崎の顔はすっぴんとあまり変わらないくらい感じのメイクだ。
『どうしよう…化粧の落とし方が分からないです』
実は化粧落としも買ってはいたが、自宅に置いてきてしまった。
『私が化粧落としを持ってきても良いんですが、ちょっと今日は急いでて…』
と言って、藤崎は思いついたように、
『お手洗いの石鹸で洗えば多分落ちると思います。アイメイクもしてるので、目の周りは特に洗ってください。コンタクトはそのままでも問題ないですよ』
『分かりました。すみません、急いでる所に』
優は申し訳そうな顔で謝った。しかし藤崎は、
『カッコいいですよ、進藤さん』
と言い残し、笑顔で去って行った。
やっぱり藤崎さんは可愛いな。しかも優しかったし。優は憧れの藤崎に褒められて気分が高揚した。
藤崎直子、20歳。優の一個下の年齢。彼女は第七製造部におり、小柄で愛想が良く、地味な感じではあるが逆にそれが清純ぽく映り、社内でも人気が高かった。
彼女の魅力…更に言えば胸が大きい所である。厚い作業着からでもわかる大きな膨らみ。優は巨乳好きだったので、藤崎は好みのタイプであった。
しかし、彼女とは部が違う為、話す機会は滅多に無かった。もっとも、女性に慣れてない優に話せる事など業務以外になかったが。
今日、初めてまともに藤崎と話せて優は舞い上がってい
…っと、今はこんな事考えてる暇はない。優は急いでトイレに駆け込み、メイクを落とすのであった。
優はコスプレをきっかけにブログを始めた。
コスプレ専用のSNS、『コスプレ・アルバム』、通称コスアルでのコンテンツの中にブログがあった。
優はまだコスプレイヤーでは無かったが、レイヤーの卵として、コスプレに向けての日々の奮闘をブログにしていた。反響はほぼないのだが。
今日はネタがないなあ…と、悩んでいた時、
ピンポーン
チャイムが鳴った。宅配便でーすという事で、大きめの箱を受け取った。これはもしかして…
優はプレゼントを開ける子供のようなワクワクを感じ、箱を開けてみると、
『キターーーーー!!』
待ちに待ったイケ執事、ラインハルトの衣装が届いた。ちゃんとウィッグもある。
早速包装を破いて衣装の全体を見てみる。すごい、ちゃんと衣装としての出来栄えは良かった。試しに着てみてスタンドミラーで全身を確認する。うん、大体サイズも合う。おそらくメイドインチャイナだとは思うが、ここまでクオリティが高いのを安価で買えるとは、改めて感心した。
次にウィッグを着けてみる。確かウィッグを被る前にウィッグネットと呼ばれる、髪をまとめるネットを被らないといけない。これによって女性は髪をまとめるのが楽になるし、ウィッグがズレにくくなる。
そのネットも、なんとウィッグと一緒に付いてきた。とても気が利く業者だ。
ネットを被り、ウィッグを被って鏡で見てみた。
『ん…なんか違う』
ラインハルトの髪型には似ているが、全体的に長すぎるのだ。このままではいけない。長い部分をカットする必要がある。誰が?当然自分がだ。
理容師の資格がない素人がカットするのか…優は少しめげそうになりかけた。
それと、ウィッグネットが締め付けて頭痛がしてきた。これは慣れが必要だ。
ウィッグのカットはとりあえず後回しにして、とりあえずコスしている所を写メってブログに載せようと思った。もちろん、首から下を。
さっきの写メを貼って投稿、と。一人でも反響があればいいんだけどなあ。優のコスアルにアクセスする人は一日四、五人くらいはいるのだけれども、今まで反響は無かった。
やっぱりみんなみたいにプロフィール画像を自分がコスしている姿を載せて、ギャラリーにコス写真を載せないと駄目だよなあ。
その為にやらなくてはいけない事…それはやはりきちんとコスをして、コスプレイベントに参加する事だ。
そういやコスイベなんてどこでやっているんだろ?
優は試しにコスアル上で調べてみた。すると優は刮目して驚いた。
(こ、こんなにあるのか…!)
埼玉県だけで調べても、毎週末何かしらのイベントがある。中には平日にもコスイベがあり、社会人レイヤーも歓喜だ。
カレンダーを見て自分の休みのある日とイベント予定日を交互に確認した。ちょうど来週の土曜日に、埼玉でコスイベがある。
参加、してみようかな…
きっとものすごく緊張すると思う。尻込みするかもしれない。しかし自分で決めた道だ。例え撃沈しても、やって後悔だ。
そう決意して、優は手を強く握り締めた。
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