2話目

それから一週間後。

 今日は仕事休みの日である。昼過ぎまで寝て、早速コスプレに向けての準備を始める。

 まずは自分が何の作品キャラのコスプレをするか。

 これについてまず長考せずにはいられなかった。何故なら優がずっと好きな作品は、大抵ギャルゲー物だったり、また、ファンタジーや他の作品でも、主人公の男のコスをするには、


 顔面のレベルが足りない…


 置き鏡を見ると、目の前には冴えない男が写っている。

 こればかりはどうにもならない。一瞬整形するかと考える程には深刻だ。

 でもどうだろう。優はこないだ参加したコミバのコスプレイヤー達を思い出した。

 言葉は悪いが、可愛くない子がいたり、体型が太ましい子もちらほら見かけた。

 要するに…要するにだ。


 楽しんだもの勝ちである。


 男性レイヤーがネタに走ったり、女性レイヤーがみんな好きなキャラのコスプレをするのも、そこに楽しさがあるからだと優は思った。

 それならいかに優が冴えない男でも、許される気がした。

 最悪、刺されたりな。

 そんなことにならないように、色々と学ばなくてはならない。

 それで話は戻して何のキャラをやるのか。

 ふと今まで大量に買い漁ってきた本棚のコレクション、アニメ・マンガ・ゲームを見る。

 さすがにギャルゲーの、顔もはっきりしない主人公をやってもって感じだし、かと言って有名な少年マンガの主人公をやるには明らかに勇気が足りない。

 第一、好きなキャラのコスをするから楽しいんじゃないのか。

 好きなキャラ、なおかつ女の子にちやほやされそうなキャラ…ちやほやされるのは大切!

 ぎっしり詰まった大きい本棚を上から下に眺めながら、ふと、一冊のマンガに目が止まった。

 タイトルは、『イケ執事と可愛い主(あるじ)』通称、イケ執事。

 イケメンで何でもこなす無敵の執事が、主のトラブルを解決するというもの。この作品は女の子達に大人気だが、自分なんかの男が見ても面白いと好評で、アニメ化もされた。

 これいーかもー!!

 執事服、いわゆる燕尾服とか憧れるよね!一度は着てみたい、男の夢だ。優のテンションが上がる。

 しかし直後、疑問が走る。

『こういう衣装ってどこで買うんだ…?』

 またも突き当たる初心者の壁。

 まさか全部手作り!?…同人活動の頃に見たコスプレイヤーの子はみんな手作りだと言ってた記憶が。

 さすがに手作りは無理ゲーだ!優に出来る裁縫スキルといえば、ボタン付けくらい。

 うーん、コミバの時に聞いておけばよかった。今更ながらコスプレするという行為に、こんな難易度が高かったとは。

 インターネットで検索かけたら出るかな?彼はパソコンを立ち上げて早速検索をかけてみる。

 コスプレ衣装 販売

 その結果に優は驚愕した。

『こんなにたくさん販売しているのか…』

 検索欄にずらりと並ぶ、衣装販売の文字、文字。画像、画像。

 詳細を見てみると、ほとんどが大手検索サイトのショッピングサイトで、次いでコスプレ衣装、製作・販売サイト、後は個人が出品したものという感じであった。

 更に、

 イケメン執事と可愛い主 ラインハルト コスプレ 販売

 で検索をかけてみる。ちなみにラインハルトという名前が執事の名前だ。

 すると作品人気もあったのか、これまたたくさんの検索結果が出た。

 衣装の画像をあちこち見てみると、どれもこれも原作にほぼ忠実なクオリティで、お値段もなんと!一万円程度で買えるのである。

 後はサイズの問題か。コスプレイヤーの多くは女性なので、コスト重視を考えると女性向けのサイズしかないのかもしれない。

 そんな事は無かった。

 販売店にもよるが、多くが男性向け・女性向けのサイズで分けられていた。

 (幸い、俺の体型は中肉中背なのでなんとかなる)

 毎日工場で暑い日もせっせと仕事をしていたのだ。身体は細く締まっている。どんな衣装でも着られるであろう。

 しかし気を付けなくてはならないのは、衣装の細かい模様や装飾。

 原作と見比べてみると、販売サイトのサンプル画像によっては、若干の違いがあった。

 例えば執事服のベスト。原作だとグレーなのだが、これの色が薄過ぎたり赤みがかってたり。大して違いはないと言えばそうであるかもしれないが、クオリティを高めるのであれば、その辺もしっかり見ていきたい。

 そう意識して、ひとつひとつ販売サイトを見ていると、良さそうな物があった。

『イケメン執事と可愛い主 ラインハルト コスプレ ウィッグセット』

 衣装のクオリティはほぼ良い。しかし驚くのはまだ早い。ここのサイトは衣装ではなくカツラ…つまりウィッグまで売っている。

 ラインハルト用のウィッグなので、ほとんど似た形だ。

 自分が創作活動してた時代はみんな地毛だったのに。おそらく当時はウィッグなんて物は普及しておらず、あっても高価なものだったのかもしれない。それが今は安価で買えるのはありがたい。

 ウィッグ問題については、衣装と同列で重視していたのでこういうセット販売はありがたかった。

 これで一万円は安過ぎる。迷う事も無し。優は購入ボタンを押した。サイズは男性用のLがちょうど良かったのでLサイズに。

 到着は…二週間程度か。どうやら中国からの発送らしい。なるほど、中国製か。それならコストも抑えられる訳だ。しかも写真通りの高クオリティが本当ならリピートしたいくらいだ。

 待て待て、送料二千円もするのか!…まあ、国外からの発送だし、これくらいかかるのも仕方なしか。

 後は小物関係と靴だな。

 調べてみると、これは幸いにもアニメグッズショップ、『アニマニア』に公式として売られていた。執事が常に持っている、銀のトレイと懐中時計。特に懐中時計は公式製なので、原作と模様が一緒なのがありがたい。

 アニマニアは自宅のマンションから割と近い。何故だ?それは最初の引越し先を探す時に重視していたからだ。なんならゲームもマンガもアニマニアのあるビルの中に一緒にある。

 靴はビジネス用の物が必要だが、幸いにも就職活動当時、親が首下から足先まで揃えてくれたのでなんとかなる。

 必要な物の見通しはついた。早速アニマニアへ行こう。


 外へ出るとすっかり日が暮れていた。昼間からコスプレ準備を進めている内に、そんなに時間が経ってたのか。

 さて目的地のアニマニアだが、入っているビルは通称『オタビル』と呼ばれているくらい、マニアには充実している。

 ただ、商店街の一角にあり、車で行くと別途駐車料金が取られる。しかも駐車場は離れた所にしかない。優の自宅からだと徒歩の方が気楽であった。

 20分くらい歩いてあっさりオタビルに到着。まあ何度も来ているから慣れっこである。

 早速中に入り、エスカレーターでアニマニアへ向かう。

 オタビルと呼ばれているものの、エスカレーターに流されながら周りを見てると、一階と二階は一般女性向けアパレル店が多く見かけた。これも見慣れた光景である。

 三階は同人誌やマンガ、ゲームが置いてあるお店。よく『お世話になっている』所だ。

 そして四階。着いた。アニマニアに。

(なっ!?)

 優は入口前で驚愕した。

 なんと入口脇のショールームには、コスプレ衣装が展示されていたのである。この衣装は確か大人気雑誌に連載されている作品だ。

 え、どうしてアニメショップに…優は近くに寄りマジマジと見ていると値札が貼られていることに気付いた。

 なるほど、知らない内にアニマニアもコスプレ衣装を取り扱うようになっていたのだ。お値段は少し割高な感じがするが、衣装は生地も模様もしっかり再現出来ている。

 それならラインハルトの衣装が置いていればもうここで買っていいんじゃないか?

 優はゆっくりと店内に入り、コスプレコーナーがあるかどうか辺りを見まわし、奥の方にある事に気付いた。

 コスプレコーナーをじっくり見ていると、イケ執事の衣装はないと知った。どうやらここで扱っている大半は、ショールームに展示されていた作品元の雑誌の作品の衣装が大半で、他には女性向けアニメやゲームに登場するキャラであった。

 意外だったのは、衣装の他にウィッグや靴、そしてメイク用品が売っていた事だ。

 優はアニメグッズを集める趣味はあまりなく、その製品を主に扱うアニマニアに来る事は滅多に無かったので、いつの間にかコスプレ関係を扱っていた事実に、いかにコスプレの認知が高くなっていたのかと実感した。

 興味深く色々ジッと見ていると、男の店員さんがやって来て、声をかけられた。

『何かお探しですか?』

 爽やかな声でなかなかカッコ良さそうな店員さんである。

 どうしよう。ストレートにコスプレしたいんですが〜と言いたい所であったが、『こ、この顔でコスプレwww』と思われたくもないちっぽけな自尊心もあった。

 しかしここはチャンスでもある。コスプレ初心者として経験者…いや、そもそもこの店員さんレイヤーなのか?という疑心があったが、とりあえず聞いてみようとは思った。

『あの…コスプレをしてみたいんですが…』

『そうなんですね!ちなみに何のキャラをやるんですか?』

『…ラインハルトです』

『あ、イケ執事の!いいですね!』

 店員さんは胸の前で両手をポンっと軽く合わせて相槌を打った。

『でもすみません、ウチでは取り扱ってないんですよね〜』

 申し訳なさそうに告げた。本当に感じの良さそうなイケメンだ。

『いえ、衣装とウィッグはネットで注文したんですけど、ラインハルトの小物が欲しくて…』

『ああ!それなら』

 そう言って店員さんは移動し、こちらに手招きした。

『これですよね?』

 彼が差す指の先を見てみると、イケ執事のグッズコーナーがあり、そこにはお目当ての銀トレイと懐中時計があった。

『あっ、ありがとうございます!これです!』

 優はあっさりと小物を見つけられた事に安堵した。それから彼は、店員さんにコスプレをするにはどうすれば良いかと聞いてみた。

『そうですね〜。まずは衣装、ウィッグ、小物…靴にカラコンに、あとは…メイクですかね』

『カラコン、ですか?』

『そうですね、カラーコンタクト。目の色が変わりますので、クオリティを上げるなら必須です』

 カラーコンタクト、そんなのもあるのか。コンタクトなんて生まれてこの方、した事ないぞ。

『あの、視力悪くて眼鏡してますが、そういう人達はどうしているんですか?』

『大丈夫です。今は『度付きのカラコン』が普通に打ってますから』

『度付き…ですか?自分、両目の視力バラバラで片方は乱視ですが大丈夫ですか?』

『うーん、乱視用となると相当難しくなりますが、視力に関しては片目から合わせられますからおそらく問題ないですね』

 そうだったのか。よくよく考えたら眼鏡不可避の生活をしていたので、こうした情報はありがたかった。

『実はウチでも取り扱っているんですよね』

 そう言って店員さんはレジ付近からごそごそして何かを持って来た。

『これですね』

 店員さんが見せたのは、目のふちが赤いコンタクトレンズであった。

『イケ執事のラインハルトは赤目なのでこれが良いかと思います』

『助かります!こういうのがあったんですね』

 しかし店員さんは出したカラコンを引っ込めた。

『残念ながらウチは度付きのカラコンは扱ってないんですよ。買うならネットしかないです。ただし度付きだと割高になりますね』

 そうなのか…当然今の視力なんて分かるはずもなかったが、しかしその情報を得られただけでも収穫かもしれない。

『お客様は自分の視力を把握してますか?もし視力検査が必要であれば、この辺だとそうですね、鈴木眼科がオススメかと思います』

 度付きのカラコン一つ手に入れるのでも、結構な手間がかかるのだと優は感心した。

『後はメイク用品ですね。お客様はメイクの経験は…ないですよね?』

 はい、と答える。

『コスプレにおいてメイクは衣装と同様に大切です。折角良い衣装を着ても、すっぴんや下手なメイクだと一気にクオリティが下がりますからね』

 そこまで大切なのか…確かにこないだのコミバで見た男装のレイヤーだけでなく、見たレイヤー全員がしっかりメイクをしていた。メイクひとつで見栄えが全然変わるんだな。

 しかし普通の男の優がメイク経験が当然あるわけもないので、店員さんにどうすればいいか聞いてみた。

 すると店員さんはまたしてもこの場を離れ、すぐに戻って来た。彼の手に持っていたのは何かの雑誌らしき物だった。

『これは隔月で出てるコスプレ雑誌の別冊版なのですが、初心者のメイク特集を専門に載っていますので参考になると思いますよ』

 そう言って渡された本には、表紙に『コスプレ専門雑誌 コスサイド』と明記されており、更に『初心者の為のコスメイク特集』と書かれていた。

 コスプレ専門雑誌なんてあるのか!しかもメイク特集とか初心者にも手が届くキャッチーな文字だ。試しに開いてみると、眉毛の塗り方とか目の周りのメイクとか色々書いてある。

『メイクとか、ここまでやるんですね…』

『むしろメイクもカラコン同様、コスプレの中の一部と考えた方がいいです』

 なるほど…軽い気持ちで始めたつもりのコスプレであったが、ここまで念入りの準備が必要だとは思わなかった。

『メイク用品一式については、初心者には大変かと思いますが、メーカーや値段によって発色やキープする時間も全然変わってきますので、慎重に選んでください。今では100円均一でもメイク用品一式を揃える事が可能ではありますが、やはり安かろう悪かろうと使ってみて分かります』

『やっぱりお兄さんもレイヤーなんですね』

 ここまで話す内容で、まず間違いなく経験者とは思ったが、この人プロだな。というかアニマニアの店員のレベルの高さよ。優はとても頼れる『先輩』に出会えて嬉しかった。

『あはは、一応そうですけどまだまだ修行中ですよ〜』

 謙遜する店員さん。接客良くてイケメンでレイヤーとかすごい人気なんだろなあ。自分もそんな立場になってみたい。優は段々とコスプレに対する熱量が上がっていった。

『じゃあ、この本とトレイと時計ください』

 ありがとうございます!と店員さんは爽やかな声でレジを打ち、優は会計を済ませた。

『初コスプレ、頑張って下さいね!色々大変ですがやれば絶対楽しいですから。応援していますね!』

 帰り際、店員さんに後押しされて店を出た。

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