第8話『無人の保健室』

『無人の保健室』


むかしむかし――いや、これは今の話。


とある中学校に、「絶対に入ってはいけない時間の保健室」があるという噂が立ったそうな。


午後四時四十四分。


下校時刻も過ぎたころ、誰もいないはずの保健室に明かりがつく。


ふらりと入った子が言うには、「いつもと同じ保健の先生」がいるのだそうな。


だけどその先生、いつも無言で、顔を伏せたまま、カルテをぺらぺらとめくっている。


何も言わずとも、ベッドに寝かせてくれるのだが――目を閉じたら、最後。


次に目を開けたとき、そこは保健室じゃない。


白くて、がらんとした、何もない病室のようなところで、ベッドが何十も並んでおる。


どのベッドにも、制服姿の子どもが寝ており、全員、ぐったりとして目を覚まさん。


足音ひとつせん世界の中で、ただひとつ――看護帽をかぶった“先生”だけが、音もなく歩いてくる。


顔は、見えん。


けれど、その手には、一本の注射器が握られておる。


「あなたの番ですね」


それが聞こえたら、もう戻れん。


そう話していた子も、翌朝から学校に来なくなったそうな。


心配したクラスメートが家を訪ねると――その子の部屋には、見覚えのないカルテが一冊、ぽつりと置かれていた。


表紙には、こう書かれていたそうな。


「転院済」


それ以来、保健室の前には張り紙が一枚貼られるようになった。


「午後四時四十四分、保健室の使用はできません」


けれど今日も、どこかの学校で、ふらりと扉を開ける誰かがおるかもしれん。


先生はきっと、注射器を持って、待っておる。


――そういう、静かで怖い話でござった。


おしまい。


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