「宝生さんたちってさ、絶対にただの親戚じゃないでしょ」

「え……?」

「ふたりは付き合ってる?」


 香坂さんに指摘されて、かあーっと頬が熱くなる。


 私と稀月くんは、同日同時刻に生まれた魔女と使い魔で。


 私も稀月くんも、お互いのことが好き。


 全部、初めてのことで、恋愛のことはよくわからないけど、私と稀月くんは両想い……、なんだと思う。


 隣同士の教室で、ほんの一時離れるだけなのに、「できれば、離れたくない」と言った稀月くんの表情は、ボディーガードではなくて、私を好きな十六歳の男の子のそれ、、だった。


「あ、え、っと……」

「かわいーね、宝生さん」


 火照った顔を両手で覆うと、香坂さんが笑う。


 指の隙間からちらっと香坂さんを見ると、彼女がにこっと私に笑いかけてきた。その笑顔が、やっぱり千穂ちゃんに似てる気がする。


 じっと見ていると、「ん?」と、香坂さんが不思議そうに首をかしげた。


「あ、えっと、ごめん……。初めて会ったのに、いろいろはずかしいのと……。あと、香坂さんの笑った顔が、ある人に似てる気がして……」

「それってもしかして、女優の千穂?」


 香坂さんが、すぐに千穂ちゃんの名前を出してきたから驚く。


 なんでわかったんだろう。


 無言でまばたきすると、今井さんが「やっぱりかあ」と戯けたように笑う。


「昔からよく、似てるって言われるんだあ」

「やっぱりそうだよね。私も、会った瞬間に似てると思った。名字まで同じなんて、偶然だね」

「偶然じゃないよ。実は、あたしのお父さんと香坂千穂のお父さんが兄弟なんだ。千穂はあたしの従姉妹なの」


 香坂さんが、苦笑いでそう言うからびっくりした。


「まあ、向こうは小さなときからテレビ出てるし、家族全員芸能人だし、平凡なうちの家族とは全然違うんだけど」

「そうだったんだ……! すごい!」


 転校先で初めて話した子が、前の学校の友達と従姉妹なんて。すごい偶然だ。


「よく言われるけど、あたしがすごいわけじゃないから。小さい頃は、おばあちゃんちでよくいっしょに遊んでたけど、最近は年に一回会うか会わないかだし……。写真撮ってきてとか、連絡先聞いてとかそういうのはできないよ」


 ひとりで興奮していると、香坂さんが苦笑いする。


 わざわざそんなふうにクギを刺すってことは、芸能人の親戚ってことで大変だったこともあるのかもしれない。


「もちろん、そんなつもりはないよ。実は私、前の学校で千穂ちゃんと――」


 友達だったんだ、と言いかけて、ふと思いとどまった。


 稀月くんや烏丸さんからは、前の学校の知り合いとは連絡をとらないように言われたことを思い出したのだ。


「実は――、前の学校にいたときから千穂ちゃんのファンだったんだ」


 とっさに誤魔化したけど、変に思われなかっただろうか。


「そうなんだ。最近よくCMとか雑誌で見かけるもんね。でもごめん、サインとかはもらえないよ」


 手のひらに変な汗を搔いたけど、香坂さんは私の話を特に不信には思わなかったらしい。もう一度念を押されて、私は「もちろん」と物わかりよくうなずいた。


「宝生さんはお家の都合で東京から引っ越してきたんだよね。転校生自体がめずらしいけど、東京からってもっとめずらしいよ。うちの親に聞いたんだけど、千穂の通ってる学校ってお金持ちのおぼっちゃまとかお嬢様が通う私立なんだって。学校まで送り迎えしてもらってたり、ボディーガードつけてるような子もいるって。東京ってほんとうにそういう子達がいるんだなってびっくりしたんだけど、宝生さんが通ってた学校もそんな感じだった?」


 香坂さんが、興味半分に訊いてくる。その話に、思わずドキッとしてしまった。


 送迎があったりボディーガードがいた子というのは、確実に私のことだ。


 椎堂家のお嬢様である私にボディガードがいることは、知らぬ間に全校生徒のウワサになっていたようだけど、まさか学外にまでその話が漏れているとは思わなかった。


 スマホを交換したり、本名を隠したり、NWIや稀月くんが念には念を入れて私を保護しているのも納得だ。


「へ、へえ~。千穂ちゃんみたいな芸能人が通う学校ってすごいんだね。私が通う学校はもっとふつうだったよ。送迎されてる子もボディーガードをつけてる子もいなかった」

「そうなんだ~。やっぱり、千穂が通ってる学校は特別なんだね~」 


 話しながらちょっと頬が引き攣ったけど、香坂さんに気付かれなくてよかった。 


「東京と比べたらここらへんは田舎だからさ、慣れないことも多いと思うけど困ったことがあったらいつでも言ってね」


 優しく笑いかけてくる香坂さんは、やっぱり千穂ちゃんと雰囲気が似てて、ほっとした。


 香坂さんが、この学校で初めての友達になってくれたらな。


「ありがとう。よかったら、仲良くしてもらえたら嬉しい」


 勇気を出してそう言うと、香坂さんが「もちろんだよ」と明るく答えてくれて嬉しくなった。


「あたしのことは沙耶さやって呼んで。よかったら、宝生さんの連絡先教えてほしい」

「沙耶ちゃん……。私も瑠璃って呼んでほしい。連絡先……」


 交換しよ。


 スマホを出そうとしたとき、ふと、今朝家を出る前に蓮花さんから受けた注意を思い出した。


 そういえば、新しい学校の子と連絡先を交換するときは、稀月くんに相談しなきゃいけないんだ。


「交換したいんだけど……、ちょっと待ってもらってもいい? 稀月くんに聞いてみないと……」

「え、宝生くんて、あんな感じで、束縛強い系?」


 私の言葉に、沙耶ちゃんが意外そうに目をみはる。


「あんな感じって……?」

「クールっていうか、あんまり人に興味なさそうな子なのかなあって。でも、瑠璃のことは大好きなんだね〜」

「だ、大好きかはわかんないけど……」

「いいよ、いいよ。連絡先交換は、あとで宝生くんに確認してからにしよう」


 私が顔を赤くすると、沙耶ちゃんがからかうようにニヤリと笑う。そんなところも、沙耶ちゃんは千穂ちゃんに似てる気がする。

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