3.運命の魔女と使い魔

「だから言ったんだ。おれはお嬢様を危険にさらすのには反対だって。だけど、Red Witchの本拠地を見つけるためにどうしても必要な作戦だって言うから仕方なく協力したのに……。結局、蛇玉にやられて戸黒を逃すなんて……。ありえない……!」


 地下駐車場を出たあと、私と稀月くんは烏丸さんの運転する車に乗せられた。その車内で、私の隣に座った稀月くんは、さっきからひどくご立腹だ。


「だから、悪かったって……。俺たちだって、こんなつもりじゃなかったんだよ。普通の蛇玉だったら、俺も烏丸さんも戸黒を逃さなかった。だけど、さっきのあれは、俺たち使い魔の嗅覚や視覚を錯乱させて、動けなくするような……。かなり強力なやつだった。実際のところ、稀月くんだって、瑠璃ちゃん守るので精一杯だったでしょ」

「まあ、そうだけど……」


 大上さんに言われて、稀月くんがむっとした顔で口籠る。


「あいつら、たぶん、瑠璃ちゃんのことをまだ諦めてないと思う。次は絶対逃さないようにするから」

「あたりまえだろ。じゃないと、おれが椎堂家に侵入してた半年間がムダになる。でも次は、お嬢様を危険にさらすような作戦には絶対にのらないからな」


 稀月くんが大上さんを威嚇するように言って、膝の上にのせた手に触れる。そのままぎゅっと強く握り締められて、私の心臓がドクンと跳ねた。


 私と稀月くんは、毎日のように車の後部座席に隣同士で乗って、学校まで送り迎えをしてもらっていたけど……。


 ボディーガードとして父に雇われていた稀月くんは、これまで不用意に私に触れることはなかった。


 私を守るためにそばにはいてくれたけど、いつだって適度な距離を保っていたし、ましてや、こんなふうに、独占欲全開で手を握られたことなんてない。


 病院の地下駐車場で起きたこともまだ頭の中で整理できてないのに。稀月くんの私に対する接し方までもが変わってしまったようで、どうすればいいのかわからない……。


 そして、車に乗せられた私が、今どこに向かっているのかも……。


「あ、の……、稀月くん……。私たち、これからどこに行くの?」


 膝の上で繋いだ手を気にしながら訊ねると、烏丸さんが肩越しにちらっと私たちを見てきた。


「夜咲くん。宝生ほうしょう家の別宅に着くまでに、きちんと説明しておいた方がいい。Red Witchには戸黒のとこ以外にいくつもカルドがある。彼女が椎堂の手から離れた今、別のカルドが彼女の心臓を狙って動き出す可能性がある」


「そうだね。ちゃんと知っておいてもらったほうが、稀月くんも瑠璃ちゃんのことを守りやすくなると思うよ」


 烏丸さんの言葉に、大上さんがうなずく。ふたりの言葉にあまり納得いかない様子で黙り込む稀月くんだったけど……。


「私も、ちゃんと教えてほしい。戸黒さんの話はほんとう? 魔女が存在するのはお伽話の中の話じゃないの? 私は――、ふつうの人間じゃないの……?」


 私が稀月くんの目をじっと見つめると、しばらくして、彼が「わかりました」と、観念したように息を吐いた。



「お嬢様の質問にひとつずつ答えさせてもらいますね。信じられないかもしれないですが、戸黒の話はほんとうです。お嬢様が図書室で読んでいた『孤独な魔女の物語』は、実話をもとに描かれたフィクションで、魔女はお伽話の中ではなく現実に存在するんです。だけど、魔法は使えないし、空も飛べない。その代わり、一般的に言われている人間の寿命よりも長生きできる特別な《心臓》を持って生まれます。そういう人間が世界には数パーセントの確率で存在していて、いつの頃からか『魔女』と呼ばれるようになりました。お嬢様は、その数パーセントの確率で生まれてきた『魔女』です」


 私が、数パーセントの確率で生まれる『魔女』……?


 にわかに信じられないけれど、真面目な顔で話す稀月くんがウソをついているとは思えない。


 そもそも、稀月くんが冗談でこんなファンタジーなするようなタイプだとは思えない。


 それに、さっき戸黒さんや黒服の男達と対峙したときの稀月くんの常人とは逸した身体能力。それを見てしまった以上、稀月くんの話す前提を信じないわけにはいかない。


「でも、どうして……、戸黒さんや稀月くんたちは私が魔女だってわかったの……?」


 今日まで、私はただの高校生だった。


 もともと施設育ちの孤児で、運良く裕福な椎堂の家に引きとられたけれど……。なんの取り柄も価値もない、ふつうの十六歳だった。


 魔女とそうでない人間では、なにが違うというんだろう……。


「魔女が生まれると、その同日同時刻に、近い場所で、魔女と同じ生まれつきの痣を持った子どもが誕生します。そのメカニズムは科学的には証明されていないんですが、魔女と対になるように生まれた子どもはみんな、一般の人間よりも感覚が鋭くて、超人的な身体能力を持っています。それが、おれやここにいるふたり、それから戸黒のような人間で、俗称で『使い魔』と呼ばれています。絵本とかでよく見かけるでしょ。黒猫とか烏とか、腹心のような動物を連れている魔女の絵。あれらは、おれ達『使い魔』が擬物化されたものなんですよ」


 稀月くんの説明に、私は子どものとき見たアニメーション映画の箒に乗った魔女を思い浮かべた。その魔女には、たしかに黒猫の相棒を連れていた。


「『使い魔』は、『魔女』を守るために生まれた存在です。特に、同日に生まれた『魔女』は、使い魔にとってとても大切な存在で、『運命の魔女』と呼ばれます」


 稀月くんの琥珀色の瞳にじっと見つめられて、ドクンと心臓が跳ねる。


 私がそうだと言われたわけでもないのに、稀月くんの口から紡がれる「運命」とか「大切な存在」と言う言葉になんだかそわそわした。


「おれを含めて全ての使い魔は、人間の中から『魔女』を見分ける能力を持っています。その能力で、自分の運命の魔女を探し出すことができるんです。そして、あなたはまちがいなく、十六年前、おれと同日同時刻に生まれた運命の魔女です」


 稀月くんはそう言うと、少し横にうつむいて、首の後ろを見せてきた。そこには、小さな三日月形の痣がある。


「お嬢様の首の後ろにも、これと同じ痣があるでしょう?」

「そんなところ、自分で見たことない……」


 髪の上から首の後ろに触ったとき、ほんの一瞬、思い出した記憶があった。


『お姉ちゃんには、おつきさまがあるんだね』


 小学生の頃、みつあみの練習をしたくて茉莉とおたがいに髪を結び合いっこしたことがある。そのとき、私の首の後ろを指差しながら茉莉がそう言っていたのだ。


 たぶん、茉莉はそれが痣だということを認識していなくて。言葉足らずな茉莉の話を、私はあまり深く気に留めることなく「ふーん」と聞き流した。


 稀月くんの首の後ろの細い上弦の三日月を、茉莉は私にみつけていたのだろうか。


「気になるなら、写真にでも撮って見せましょうか?」


 稀月くんの三日月を見つめていると、彼が上目遣いに訊ねてきた。


「い、いいよっ……! そこまでしなくても……」


 慌てて首を横に振ると、稀月くんがふっと笑った。


 たしかめなくても、たぶんおそろいの痣はそこにあるはずだから。


 稀月くんの余裕そうな笑顔に、じわっと顔が熱くなっていく。きっと、今の私は耳まで真っ赤だ。


 稀月くんが、椎堂の父との契約ではなく、生まれたときから私とつながりがあったことがわかって嬉しい。


 でも、それを単純に喜んでるだけではいけない。


 聞かなければいけないことは、まだまだたくさんある。

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