鬼雨

今日も外は雨。

一昨日も昨日も今日もずっとずっと。

そう言えばあの日も雨だったような気がする。


全てが終わったあの日。

全てを亡くしたあの日。

自分を失くしたあの日も。





俺はただ必死に雨の中を走った。溺れそうになりそうな程息を切らして、人を押し退けてただひたすらに走った。縺れる足、痺れる指先、朦朧とする意識。肺の痛みだけが唯一現実に俺を引止めてくれている。


俺は決めたんだお前を守るって、お前を助け出してやるって。どんな手を使ってでも俺がどうなってでも絶対に。

お前はきっとこんな事望まない。

分かってる。

余計なお世話なのは百も承知の上の行動だ。




お前が時折見せる酷く辛い顔は、見るに堪えなくて目を逸らしてしまいたくなる。

でもここで俺がお前から逃げれば、一体誰がお前を守るのか、誰が助けるのかそう思った。

だから俺はこの道を選んだんだ。

この手が誰かの手を取る事を許されない様になったけど、この先お前に会えないかもしれないけど、俺はお前に幸せになって欲しい、ただ心の底から笑ってて欲しいんだ。


ただそれだけなんだ


視界が悪い雨の中、開けた道の先にお前の顔だけが鮮明に目に映る。

その刹那雑音は消え、お前の声だけが俺に届く。


「なんだよ…それ」



見たくないその表情は今俺に向けられている。



「ちがう、笑えよ、笑ってくれよ」



もうお前を苦しめる奴は居ないんだ。

もうお前を縛る場所は無いんだ。

もうお前は心の底から笑っていいんだ。

もうお前は……大丈夫だからさ…


だから…


茶色く汚れた手で顔を覆っても、雨音で耳を塞いでもお前の言葉は俺を刺す。

それは今までのどんなことよりも痛く、苦しいものだった。




お願いだからそんな顔しないでくれよ。




俺はただ笑って欲しいだけなんだ。


「たすけてくれってあの時お前がそう言ったんだろ!傷だらけで泣いてるおまえを目の当たりにして何もせずにいられるかよ!俺は全部お前を助けるために!!」




『なんだよ、だからって…そんなこと望んでないよ』


『助けてってそういうことじゃないだろ

死にたくなる毎日だったけどお前がお前たちがいたから生きていこうと思えてたんだ!お前たちと一緒にいたいから!!

なのに、お前がそんなことしたら…』



大雨の中サイレンの音を背にただ必死に叫ぶ。



『助けて欲しかった…だけどお前にそんなことをしてもらいたかったわけじゃない、なんでお前がお前を犠牲にする必要があったんだよ、それをするのはお前である必要はなかったろ』



言うべき言葉じゃないのは分かってる。

でもどうしても吐き出さずにはいられなかった



こんな事されても…迷惑だ。



言葉を吐き出す度にお前は絶望に顔を歪める、こぼす涙は赤く染って滲む。



やめてくれ、お願いだからそんな顔しないでくれよ。


放つ言葉は届かず大勢の大人に取り押さえられる。ただ、彼は必死に大人の手を振りほどき俺の方へ飛び出した。



掴もうとした彼のその手は、鈍い金属音と赤い飛沫と共にもう一生掴めなくなってしまった。




この日俺を傷つけるものは無くなった


この日俺が守りたかったものも無くなった

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