雨天-03

桜は散り鈍まの蝸牛が葉の上をあるく。

道端には淡い色の紫陽花が咲き、ジメジメとした空気が身体に纏わりつく。


連日雨続きでテレビじゃ例年より早い梅雨入りだって太い眉毛の予報士が言っていた。


雨足が強くなる一方の午後、あの時借りた傘は未だに僕の手にあった。

返すにも学生なのか社会人なのか情報が全くと言っていいほど欠如してるため返せやしないままでいた。


外は酷いくらいに暴風雨。傘の骨組みは折れ、傘を裏返しながらも前に進む人たち。

遠目にそんな人たちを目で追いながらふと思う。


「それにしても雨風強いのにこの傘えらく丈夫だなぁ」


「って思ったでしょ少年」

後ろから自慢げに声をかけてきたのはあの時の女性だった。


「この傘私が作ったの」


「丈夫で軽くて濡れにくい大きい傘欲しくて。でもコンビニだとかに売ってるのもすぐ曲がっちゃうじゃない?だから試しに作ってみたんだよねー、だから実用性がちゃんとあるかどうか試験したくって…そんな時にちょうどいい所に困り果ててる君がいたもんだから使ってもらったのさ!」


今も困っている。

困っているというかは驚いているが正しいかもしれない。

初めてだ、自己紹介で傘を作ったと言われたのは。


「ごめんね、そういや自己紹介してなかったよね、あたしはここの3年生の八雲。普段はロボットだとかメタバースだとか色々とプログラム作ってるしがない学生…つまりは君の先輩ってことだよ、よろしくね」


たかがしがない学生が傘は作らないし、見ず知らずの男を被検体にしないしロボットもメタバースも作りやしない。全然しがなくない。

なんて言葉たちは強く飲み込むが直感的に感じる。


随分と変な先輩。



だと


唖然としている私を置いて、この人はどんどん話を進める。


「そうだ、君この後暇だよね?

雨も強くって帰れそうになさそうだし、良かったら私のラボを紹介するよ。傘を使ってくれたお礼をさせて欲しい」



この傘のおかげで帰れなくもないが、お礼と言われてしまえば断るのは少し気が引ける。

暇なのも事実だし帰ってもやることも無いので私は彼女のラボとやらに付き合うことにした。



「あ、そそ、ついでに君の事も教えてよ少年」



こうして出会った八雲という先輩に連れられ、ラボという名の教室へと足を運ぶのであった。

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