Fine 善子が死ぬ時

善子の遺影が、静かに仏壇に安置されていた。


なんだか変な気分だ。自分の顔写真が祭壇に飾られているなんて。


この体は元々私のものじゃないけど…一ヶ月以上も共に過ごしたから、多少の愛着はある。薄情者じゃないんだ。


彼は月面で…遺体すら戻ってこない。あの状況なら、遺骨も残ってないだろう。


エンプたちが遺体を回収したと聞いたが、今の私に確認する術はない。地球で確認できるのは、NASAやEUのごく一部の人間だけだ。


でも…どうあがいても、彼は生きてはいない。


生前最も大切にしていた遺品が、箱に詰められて「衣冠塚」として祭られている。


「焼却しないの?」

「焼いたら意味がなくなる」


「タロウ…」

「黙って」


彼らは知らない…私が直接手を下したことを。


私には彼を救う力がなかった。選択肢すら与えられなかった。


治療専門の金城ですら無理だったなら…私に何ができただろう。


彼がくれたエネルギーは…私たちが負った傷に比べれば、焼け石に水だった。


何もできなかった。選ぶことすらできなかった。


東京が壊滅するのを見届けることも、彼を無力化することもできなかった。私にできたのは…今の生活を与えてくれた恩人を、自らの手で葬ることだけ。


「ごめん…」


私は魔法少女だ。未熟者だけど、覚悟は誰にも負けない。


一人のために街を、国を、人類全体を犠牲にはできない。


それより…恩人を殺める方が、よほど簡単だった。


間違ってない。でも間違っている。


夫婦はそんな私を慰めようとしてくれた。


でも私は何も答えられなかった。二人は静かに一人にさせてくれた。


一ヶ月前まで面識もなかったのに、今では長年の親友を失った以上に悲しい。


葬儀は粛々と進み、私は白と黒のバラを供えた。


雪のように白いバラと漆黒のバラが絡み合い、一つになる。まるで私たち二人のように。

「タロウ」


奈緒が前に出て、私の肩をポンと叩いた。

彼女はもともと善子の親友だったから、ここにいるのも不思議じゃない。


「私、あなたが何をしたか知ってる。でも責めないよ」

「もし善子が知ってたとしても、きっと同じことを選んでた。何年も付き合ってきたからわかる。あいつなら迷わずそうしてたわ」


高いポニーテールが風に揺れ、まるで魂を釣り上げる釣竿のようだ。でも私はまだ塞ぎ込んでいて、一言も口に出せない。


言葉を紡ぐ力が私から消え去った。私の一部は、あの光の中で確かに死んでしまった。


「守ること…って、こんなに重いんだ」


最初はカッコいいと思ってた。人類のために戦う魔法少女なんて、特撮ヒーローと変わらないって。

そして実際、変わらない。ただもっと残酷で、もっと現実的だ。子供向けの作品では、ここまで深くは描けない。それに、物語は所詮フィクションだ。泣いた後は元に戻れる。役者は本当に死んでないし、都合のいい理由——平行世界やタイムトラベル——で簡単に復活できる。懐かしさと興行収入、一石二鳥だろう?


でも…現実は違う。死んだら終わりだ。戻ってこない。


私は肉親の死を経験したことがない。だって、肉親なんて最初からいなかったから。

私たちの喧嘩だって、命に関わるほどではなかった。そんなことすればニュースになるし、ただの停学じゃ済まない。私たちは山口組じゃないんだ。


人は傷ついたり骨折したりしても治る。お金の問題だけだ。でも死んだら、どうしようもない。

ましてや遺体も残らない状況じゃ、閻魔様だってお手上げだ。


そして…それを私の手でやってしまった。


怪獣を倒す時はこんな気持ちにならなかった。たぶん、怪獣は人間に見えなかったからだ。巨人でさえそう。心のどこかで「人間じゃない」と思い込んでた。ただ「人類に害をなすものは排除すべき」と。理由なんてどうでもよかった。


「屠畜業者は人を殺められない」——これがその理由だ。


自己中心的で、偽善的。でも、それが人間だ。


私にどうする術があった?何もなかった。


この心の混乱が収まらないうちに、葬儀は終わった。


夕焼けの中、私は東京の街を歩く。

賑わう人々、騒がしい蝉の声、戦後の修復作業に勤しむ労働者たち…思わず微笑みがこぼれる。


「これらすべては、守る価値があった」


でも…ここまでする必要があったのか?


私はその場にしゃがみ込み、頭を抱えて泣いた。

駆け寄ってくる両親と、一緒に帰ろうとする奈緒。


「どうしたの?」


でも私は何も言えなかった。言葉にならない。


見物人が増えてくるのを見て、急いで家に帰った。あの、本来私のものじゃない家に。

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