番外編 母は太陽のように

「父がいる。母がいる。そして太郎がここにいる」


空を見ろ、星を見ろ、宇宙を見ろでも何より大切なのは、今ここにある桜を見ること。私たちは花見に来たんだ。


今日は…生まれて初めて両親と花見をした。というか、花見自体が初めての経験だ。以前の自分にこんな風流を楽しむ余裕なんてなかった。


そして初めて、こんな温かい時間を味わえた。


…そういえば、私の本当の両親はどこにいるんだろう。


小さい頃から、両親という存在は私の世界にはいなかった。本やネットで「親」や「家族」という言葉の意味は知ってる。辞書を引けば正確な定義も説明できる。でもそれ以上は…


もともと期待なんてしてなかったけど。


…あ、暗いこと考えちゃダメだ。


この桜…すごくきれい。


人混みで身動きも取れないほど混雑していても、私の目には三人だけが映っている。


隣の夫婦を見る。父親は相変わらず精悍な面持ちだが、どこか心安らぐ優しさも持っている。


母親は上品で、それでいて芯の強さを感じる。「為せば成る」とはまさにこのことか。


まるで太陽のように、熱くても眩しくはない。


父さんが私の視線に気づき、振り向いてそっと頭を撫でた。


「どうした?太郎」

「い、いえ…何でも」


でも、この冬の陽だまりのような温かさは、陰で生きてきた私には直視できなかった。


「大丈夫ならいい」


頭を撫でられ、私は思わず顔を赤らめた。

「あはは、可愛いね」

「黙って」


…こんな日々が続けばいいのに…


何考えてるんだ。これは元々私のものじゃない。


そう、これは借り物の生活だ。灰姑娘気分に浸ってる場合じゃない。


熱くなった頰に手を当て、私はきょろきょろしてしまった。


「…さ、食事にしよう」

「そうだね」


三人そろって弁当箱を開く。私が作った、定番の玉子焼きと唐揚げ、そして日の丸弁当。梅干しは苦手だけど、二人は好きそうだ。


「いただきます!」


自分で作った玉子焼きを白飯と一緒に口に運ぶ。


ごく普通の味だ。米はふっくら、卵はとろけるように柔らかい。でもこの「普通」が、かつては憧れだった。


二人が美味しそうに食べるのを見ながら、私も唐揚げを頬張る。


サクッとした衣にジューシーな身…スーパーの鶏肉ってこんなに美味しかったっけ?


こんな団らんの中、私は少しずつ"溺れ"ていった。まあ、いいか。


たとえ私にふさわしくなくても、もう少しだけこの温もりに浸らせてほしい。


「そうだ、太郎」

「ん?」


「これは父さんが作った、私たちの…家紋みたいなものだ!」


ニコリと笑いながら、父さんは手作りのブローチを渡してくれた。


三芒星を基調としたデザインで、三角形の中心と各頂点に光る丸が配されている。繊細な糸使いなのに、どこか未来的な鋼の質感。シャープでモダンな仕上がりだ。


私はそれを胸に留めた。動きやすいように半袖シャツとショートパンツを着ていたので、ピンが布地を貫くとき、なぜか胸がじんわり温かくなった。



おれたちの学校にもともとある「流星のような勲章」に加えて、新しいものが増えた。


勲章とは、栄誉と身分、そして帰属の証。かつての私には一切縁のないものだった…


でも今は、二つも持っている。しかも人には言えない使命も。


「おれ…すごく幸せ」


でも、こんな幸せ、本当に受けていいのだろうか…


…まあ、考えても仕方ない。縁だと思おう。


ただ、智子は実験台にされているかもしれないのに、私はここで彼の人生を楽しんでる…


…ダメだ。彼を探さなきゃ。


もう一度、手の中の徽章を見つめる。


この決意は、かつてないほど固い。


その時、耳元で轟音が鳴り響いた。


…行くぞ。このためにあるんだから。


木陰で、もう一度胸の徽章を見下ろす。


膨らんだ胸に刻まれたマークは、私の身分が「借り物」であることを常に思い出させる。


だからこそ、彼らの期待を裏切るわけにはいかない。


「ああ…息が詰まる」


「ルミナスチェンジ!」


「わっ!」


リュックから飛び出したエンプがびっくりしていた。


目の前には、恐竜のような怪獣。ただし体にはトウモロコシのような節がある。


長い首が目についた。素早く倒すなら、首を狙うのが一番だ。


しかし…全力の突進でも、その皮膚を貫けなかった。


「硬い…!」


怪獣は私の存在に気づき、地面に叩きつけた。


「さっきの人たちは?」

「誰?」

「隣に座ってた…ああ、君は知らないか。私たちのご近所さんで、善子を幼い頃から可愛がってくれた」


彼は必死に瓦礫をかき分ける。


「どこだ…ここか?」

「あなた、さっきまでこの辺りにいたわよね」

「たぶんな」


「あ…」


突然、彼が地面から金色のブレスレットを拾い上げた。


ブレスレットの意味はわからないが、その表情を見れば察しがつく。


怒りと恐怖、喪失感が入り混じったその顔に、私は烈火のごとく怒りが込み上げた。


…急いで倒そうとしたのに…それでも防げなかったのか…


「クソ…覚えてろ」


拳を握りしめ、血が出そうになるほど。歯を食いしばって遠くを見つめる。


もしこの怪獣もお前の仕業なら…彼らのためにも、必ず復讐してやる。


その時、エンプが心配そうに私を見つめていたが、私は気づかなかった。

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