番外編 君にも見える
「それでさ、私たち今女の子になってるんだよね?」
休み時間に、見知らぬ女子がドンと私の机を叩いて言った。
「あなたは…」
「ああ、そうそう」彼女は胸ポケットからIDカードを取り出した。臨時発行の身分証明書で、全員持ってるんだけど普段は出さない。必要ないから。
「おお…ムサシか」
この古風な名前、入学時はちょっと印象に残ってた。でもその後はほとんど接点がなかった。
「で、何?」
「みんなでカラオケ行こうよ!」
「カラオケ…女子組は構わないの?」
「私たちが歌うのに彼らが関係ある?」
「おい、タロウ。約束だったろ?」
「へえ、デートしてたの?まあデートはいつでもできるけど」
「ちょっと待って」
「ヨシコだっけ?彼ちょっと貸して」
そう言うと、鞄を片付けたばかりの私は引っ張られていく。ヨシコの身体は弱くないはずだが…まあ、断り切れず結局付いていくことに。
だからと言って、行ったところで何を歌えばいいかわからない。
「きた!ムサシの番!」彼女が叫ぶ。ここはカラオケボックスで防音されてるから良かったものの、外だったら確実に苦情が来るレベルの声量だ。
「さあ、ガイ兄さん、最初どうぞ」
「え?俺…」
「さあさ」
「歌あんまり上手くないんだけど…」
「ここにいる誰もプロじゃないよ。声帯も元のじゃないんだから、ちょっと音痴でも問題ない。早く選んで」
「あんまり歌聞かないから…これで」
「なんだ…『千本桜』か」
「いきなりハードル高くない?」
「度胸あるね」
「頑張れ!応援してるよ!」
後ろからそんな声が飛んでくる。そんな囃し立てに押され、彼は歌い始めた。
「…天の声だ」
この身体の元の持ち主が誰かは知らないが、この声質は確実に鍛えられてる。本人はきっと悔しがってるだろうな、鍛えた声帯をいきなり奪われて。
一つ一つの音符が教会の鐘の音のようで、転調するたびにストラディバリウスの弦の響きのよう。まるで初心者が歌ってるようには聞こえない。最高級の楽器でも、素人が弾けば滅茶苦茶なのに。
「…前から練習してたの?」
「まあね…風呂でちょっと…」
「めっちゃうまい!天使の声!」
「一緒に歌おうよ!学園で…」
「はいはい」
誰かが早口で中国語をまくし立てたが、司会のムサシに遮られた。
「次は…誰がいく?」
「俺が!」
光太郎。覚えてる。顔も性格も俺と似てる奴。何か特別な繋がりがあるんじゃないかと疑うレベルだ。
もちろん今は見た目は全然違う。長い髪をなびかせる女子になって…しかも結構…
「…いやいや、何考えてんだ」
ちょうど彼も曲を選び終えた。
『極楽浄土』…今日はボーカロイド好きばっかりか…
「…なんか、あんまり上手くない?」
声質は悪くないんだけど、完全に感覚で歌ってる。
「技術ゼロ、感情100%」正直めちゃくちゃなんだけど、熱量はすごい。
「は…は…は…」
感情をぶつけた結果、歌い終わるとゼェゼェ言い出した。
「どうだ!」
「…67点」
「67?…まあ点数なんてどうでもいいよ。カラオケは楽しめればそれでいい」
さすがだ…あの警察隊長の親父とそっくりな性格。
将来息子ができたら、人を巻き込んで3Pとかしないように願うよ…あのオヤジめ。
「次は…」
「実はさ…今日俺の誕生日なんだ」
突然男が立ち上がって言った。
「なんだよ、ミライか。でもかいとは?」
「あいつは撮影に急いでるんだ」
「あなた…付き添わなくていいの?」
「いいよ。むしろ彼も私を映したくないみたいだし」
「…ちょっと聞きたいんだけど、あなたたちカップルで身体入れ替わった後、あの…えっと…」
司会者が恥ずかしそうに、言いにくそうにしている。
「もちろんよ。でも最初は気づかなかったけど、あいつ本当に『最速』なの。『最強』かどうかは別として…」
「ハヤトがあの猫耳頭でやってる姿を想像すると…ははは」
「迫水、やめなよ」未来が照れながら彼を軽く突いた。
「ごめんごめん」
「幼なじみっていいな…この設定だけでも漫画一冊描けそう」
「この前猫探してた時、転びそうになって記憶まで飛んだんだぜ」
「もう、人のこと笑わないでよ」未来だけが相変わらずフォローに入る。他のみんなは干渉しづらい空気だ。
「あはは。で、何歌うの?」
「えっと…これで」
「何これ聞いたことない。でも歌は上手いね」
正直私は歌を聴くのも、歌うのを待つのも興味ない。
今の物価高すぎて、フルーツバイキングで元取るのが最優先。特にスイカ。北海道産の高級スイカも食べ放題なんて、設定が安すぎるか商売下手かだ。
「私胃腸強いから、下痢にはならないはず…たぶん」
「実は…私、転校するんだ」
「ユウコ?本当?」
「ええ…故郷に帰るわ」
彼女は元々エキゾチックな雰囲気だったが、外国人というより地球人ですらなさそうな見た目だ。
でも生粋の日本人なのは間違いない。
「そうなんだ…」
「だから、ホクト」
彼女は指輪を外し、彼に返した。手の輝く"A"の文字は二人の愛の証だった。
「私のこと、忘れて」
そう言うと、振り向きもせず部屋を出て行った。
「ホクト…」
「俺…大丈夫」
もともと隣のクラスから混ざりに来てただけだ。今更追いかける立場でもないし、一人にさせた方がいいだろう。
「…さて!次は…」
「えー円ちゃん、お前行けよ」
「嫌だよ…ってかアスカが行けよ」
「俺歌えないし。円はバンド組んでるんだろ?」
「この身体じゃ歌えねーよ…長野だって男組のクセに」
「また始まった…超古代ドラマかよ」
この二人ほんと面倒くさい…特に男が女体化した今、ぐだぐだしててうんざり。無視するのが一番だ。
「そろそろみんな歌ったかな?(武蔵も二人を無視する方針らしい)じゃあ…」
最初のフレーズが終わると同時に、チャイムが鳴った。
「残念。2ラウンド目やりたかったけど。じゃあ割り勘で」
もちろん学生だから班費は使えない。猛先生に相談すればいいけど…まあ面倒かけない方がいいか。
「ところでクラスの何人か来てないな…レイたちは?」周りを見回す。
脳裏に、ひ弱そうな姿が浮かぶ。痩せてるけど、それでも輝く笑顔。
「あいつら?今日はそもそも来てないよ。サボってるんじゃない?」
「そうか…まあ俺には関係ないけど」
伸びをして、さっさと代金を払い、夕陽の中を駅へ向かう。
後ろ手に軽く手を振って、強がってみせる。この制服でカッコつけても無駄だ。マントがあればまだしも…まあいいか。
…でも今日はまあまあ楽しかったな。
「タロウ!早く出てきてよ!私トイレ早いんだから!」
「…計算違いだった」
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