第24話この鍵の重さは2人分

「印鑑……よし、通帳……よし、身分証……あれ?」


遥がテーブルの上で書類の山を前に混乱していた。


「駿くん、保険証っているんだっけ!?」


「いらないけど、その焦り方だと全部忘れそうで逆に怖い」


平日の午前、ついに迎えたマンション契約の日。

ふたりは朝からバタバタと準備をしていた。


「緊張する〜!契約って言葉、重たすぎる……!」


「大丈夫大丈夫。俺は印鑑押す練習してきたから」


「え、練習ってなに?!」


「本番で変な形になったら嫌だなって思って……1分くらい机に向かって“押印の型”を学んだ」


「そんな練習、初めて聞いたんだけど!」


ふたりで笑いながらも、電車に揺られて契約会場へ。


──そして、受付でいきなり事件は起こった。


「……すみません、お名前と印鑑を──」


遥が印鑑ケースを開けて、固まる。


「……あれ? これ、銀行の方の印鑑だ……」


「うそでしょ」


「実印、家に置いてきたかも……!」


「いったん落ち着こう! コンビニでアイスでも──いや、それどころじゃないか」


急きょ取りに帰ることになり、ふたりは全力ダッシュで最寄り駅へ。

タクシーの中でも遥は焦りっぱなし。


「もう私、契約できる資格ないんじゃないかって……」


「あるある。ていうか、こういう日に限って“らしい”事件起こすのが遥だし、それがいいんじゃん」


「そんなことでよくOK出したね!? 結婚に!!」


「でも俺、今も全然後悔してないよ」


「……ずるい、その言い方……」


ようやく戻ってきた会場で、説明を受けながらもまた小さなトラブルが。


「こちらにご署名を──あ、そちらはペンじゃなくてシャチハタ……」


「やっちまったーーー!」


笑いの中、時間をかけて、ようやく契約が完了した。


「これが鍵です。新居、楽しんでくださいね」

受付の女性はにこやかに鍵を差し出したあと、ふと優しく微笑んだ。

「……おふたり、とても楽しそうで、あたたかい空気があって。素敵なご夫婦ですね」

遥と駿は顔を見合わせて、照れながらも嬉しそうに笑った。


そう言われて手渡された小さな金属の束。

遥と駿は、それをふたりの手で同時に受け取った。


「……なんか、ちょっと重く感じるね」


「うん。たぶん、中身が“ふたり分”だからだ」


バタバタもミスもぜんぶひっくるめて──

この日が、ふたりにとって忘れられない記念日になった。

 

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