第25話この箱の中にもあなたがいる

「……ちょっと、駿くん、また“とりあえず箱に入れる”戦法使ったでしょ」


「えっ、違うよ。“まとめて入れればあとで整理しやすい”っていう高度な戦略です」


「その戦略、5年前から失敗し続けてるの知ってる?」


新居への引っ越し準備。

リビングには段ボールが山のように積み上がり、その合間で遥と駿があっちへこっちへ動き回っていた。


「これは“いる服”って書いてある箱だよね?」


「うん」


「中に冬のセーターと……水着が一緒に入ってるのはどういう……」


「季節を越える愛ってことで……?」


「うまいこと言って逃げようとするのやめなさい(笑)」


そんな会話をしながらも、箱詰めは着々と進んでいく。


「あ、このマグカップ……ヒビ入ってるけど、どうする?」


「それ、俺が初めて遥にプレゼントしたやつだ」


「……そっか。じゃあ、包んで持っていこ」


ちょっと割れたマグカップも、色あせたノートも。

捨てられないものばかり。


「なんか、箱に詰めながら思うんだよね。

“この家にも、思い出ってちゃんと染みついてるんだな”って」


「うん。新しい場所に行くの、楽しみだけど……ちょっと寂しいね」


ふたりで肩を並べて、積み上げられた箱たちを見つめる。


「でも大丈夫。箱の中、全部に“あなたとの日々”が入ってるから」


「それはちょっと……うれしいこと言ってくれるじゃん」


笑いながら、手が自然に重なる。


どの箱を開けても、きっとどこかに“ふたりの形”が入っている。

それだけで、新しい場所が少しずつ“ふたりの家”になっていく気がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る