第16話呼び方が変わるだけでこんなに幸せ


「ねぇ……そろそろ、“駿さん”やめてもいい?」


遥がクッションを抱えながらぽつりと呟いた。

隣に座る駿が、少し驚いたように目を丸くする。


「え? ……いいけど? 呼びたいやつで」


「いや、その……ずっと“さん”付けって、ちょっと他人行儀かなって……。

本当は、もっと近くにいたいのに、距離を自分で作っちゃってる気がしてさ」


駿はふっとやさしく笑った。


「“遥”って呼んでるの、俺だけだったしね」


「……うん。だから、私も」


ちょっと唇を引き結んで、遥は深呼吸する。


「……駿、って呼んでみてもいい?」


「もちろん。大歓迎」


「じゃあ……駿」


一拍、空気が止まった気がした。


駿がふっと目を細めて、照れくさそうに笑う。


「……いいね、それ。なんか、やっと恋人っぽい」


「そ、そうかな……なんか私、今ものすごい恥ずかしいことしてる気がして……!」


「全然。むしろ、嬉しすぎて心臓きゅうきゅうしてる」


「うそ、私もなんだけど!? ちょっと心臓ぶつけ合ってみる!? 同期するかも!!」


「それ、やる?」


「やる(笑)」


ふたりで胸を寄せ合って、そっと静かに寄り添ってみる。


──ドク、ドク。

鼓動は、少しずつ少しずつ、近づいていた。


「……ねえ、駿」


「うん?」


「呼び方変えただけなのに、こんなに好きって増えるんだね」


「うん。ずっとずっと、好き」


遥が名前を呼ぶたびに、恋人としての時間が、確かに積み重なっていくようだった。

 

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