第9話なにもなかった朝
朝の光が、カーテンの隙間からこぼれていた。
目を覚ました遥は、ぼんやりと天井を見上げる。
空気は静かで、どこか優しくて──
ふと隣を見た。
誰もいない。
そして視線を移すと、ソファに丸まるようにして寝ている駿の姿があった。
毛布を肩までかけ、息は静かで、表情も穏やかだった。
──ああ、昨日は…そうだった。
遥の胸に、ゆっくりと昨夜の出来事が蘇ってくる。
壊れそうな顔をして訪ねてきた彼。
自分の隣で、ぽつぽつと話してくれたこと。
そして、最後に──
「今夜、ここにいてもいい?」
遥は、うなずいた。
(……で、)
(で、だよ?)
(なにもなかったーーーーー!!!)
布団の中で、遥は目を見開いたまま、顔をぎゅっと埋めた。
(ちょっとくらい……なにかあっても……よかったのでは!?)
心の中で誰に向けるでもないツッコミが飛ぶ。
(いや、待って? 私に魅力がないってこと?
なんかちょっとそういう空気出せてなかった? 私?)
(……いや、そうじゃない。そうじゃないんだよ、遥)
遥は、深く息を吐いた。
(私がまだ“好き”って言えてないこと、駿さんはちゃんとわかってたんだ)
(弱ってるときだったから、普通だったら、そのまま流れに任せてもおかしくなかった)
(それでも──)
ソファで寝ている駿の顔を、そっと見つめる。
(やっぱり、優しい人。誠実な人)
その瞬間、遥の胸に、ふっと光が灯る。
(……もう、決めた)
(私は──この人が、好き)
声には出さなかったけれど、心の中で、しっかりと答えを出した朝だった。
そっと毛布をめくり、遥は静かに立ち上がる。
キッチンに行き、パンを焼く音、コーヒーの香り。
朝の光がテーブルに差し込む。
そういう当たり前の風景の中に、駿の寝息が混ざっているのが不思議で、でも心地よかった。
(こんな朝が、日常になったらいいのに)
焼き上がったトーストを皿に移し、マグカップを並べる。
いつもより少し丁寧にバターを塗っている自分に気づいて、ふっと笑った。
そのとき、後ろから足音が聞こえた。
「……おはよう」
低く、少しかすれた駿の声。
遥が振り向くと、彼は寝ぼけ眼で立っていた。髪が少し跳ねている。
「おはよう、コーヒー飲む?」
「……うん、助かる」
カップを差し出すと、駿は受け取って、ふと遥を見た。
「昨日……ありがとう」
その一言に、遥は笑顔でうなずいた。
「気にしないで。私も助けられてるし」
それだけの言葉なのに、心がじんわりと温かくなる。
(ちゃんと伝えよう。次は──私から)
遥はそう心に決めていた。
次に会うのは、クリスマスイブ。
一緒に過ごす初めての“特別な日”。
その日、私は──この気持ちを言葉にしよう。
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