第3話 一等星の誓い①
金属と油の匂いが漂うガレージ内、作業台の前で感慨深そうに煙草を吹かす。
無精ひげを生やした男――箒屋のロイ。
「タダで売ってくれって、泣き喚いてたガキがまさか直しちまうとはなぁー」
ぽつりと吐かれたその言葉に、自然と頬が緩む。
「ロイには色々感謝してるよ。俺一人じゃ直せなかった」
「勘違いすんな。宝の持ち腐れにしとくには勿体ないと思っただけだ」
と、ニヤリと笑ったロイは、煙草の灰を軽く指で落とす。
箒の修理の仕方や場所の提供、全部ロイがいなかったら不可能だった。
『買えないなら帰れ』だの小言を言われても、通い続けた甲斐があったぜ。
「プラグは今日届くんだよな?」
レストアもいよいよ大詰め、あとは半年分の給料をつぎ込んだプラグが届いたら、後はエンジンを起こす作業を残すのみだ。
「何度も言わせるな、おとなしく待ってりゃ来る」
「ここまで来るのに一年かかったんだぜ? 気持ち抑えろってのが無理あんだろ?」
「まぁ、動かなかったら売ればいい」
「縁起でもないこと言うなよ! 俺の人生が掛かってるんだからさ!」
朝から晩まで働いて、夜はレストア――報われなきゃ困るっつうの!
「はッ! どこまで行っても最後は運だ。お前に、その資格はあるか?」
と、ロイは試すように、俺に煙草を向ける。
――チリチリと火先から出る煙が俺をイラつかせる。
運? 資格? 今更何言ってんだ? あからさまな挑発に胸の奥が熱くなる。
「こっちこそ、何度も言わせんな! 俺は運命だって思ったんだよ!」
言い返した後、ロイはキョトンとした顔を浮かべ――そして、爆笑する。
「……お前、それ自分で言ってて恥ずかしくないのか?」
「うっうるせぇよ……」
自分が勢いで言ったとはいえ、流石に顔が熱くなった。
「恋焦がれるのもいいが、一応忠告しておく。この淑女様を甘く見るなよ」
「わかってるよ。それほど特殊なんだろ?」
「特殊っつうか、先を行き過ぎただけだ。エボルヴは、そういう代物だからな」
「ふーん、あんたに『部品がない』とか、『技術が云々』色々言われたけどさ――実際のところ、なんで廃れたんだ?」
「――お前、今時のエンジンとこいつの違い、わかるか?」
いつもの皮肉が飛んでくるかと思っていたけど、ロイのいつになく真剣な表情に思わず息を飲む。
「……他のエンジンは知らないけれど、ローターが入ってるところとか?」
「そうだ。エボルヴにはピストンなんか必要ねぇ。ローターというたった一つの心臓が、軽量化と高い運動性を実現したのさ」
ロイは一呼吸おいて、煙を吐く。
「だがな――レースってのはドラテクや性能に目がいきがちだが、一番は完走することだ。それができなきゃスタートラインにも立てやしない」
「ちょっと待ってくれ! 完走ってこのエンジンじゃあゴールまで辿り着けないのかよ!?」
「まぁ落ち着けよ。がっつく男は嫌われるぜ」
「……悪かった。続けてくれ」
「最大の弱点は、熱が籠りやすいことだ」
「熱?」
「あぁ、エボルヴを積んだ大半は熱ですぐに部品が溶けちまった。だがこいつは違う。圧縮を維持するシール、丁寧に研磨されたハウジング、どれをとっても一級品だった。いいかリオ? エンジンが完璧な状態で置かれてるなんて、普通ありえねぇんだよ」
「んなことわかってるよ。普通じゃないって――」
ストレイトレディーと出会った時のことを思い出す。
崩れかけた天井の隙間から差し込む一筋の光が、暗闇を切り裂くかのように一台の箒を照らす。
ボディーを侵食した赤錆が長い年月を物語るが、それでも、光を受けたその姿は美しく、月光に咲く一凛の黒紫の花のようだった。
「だが、ここまで完成されていても3ローターってのが惜しいな。冷却機構を犠牲にするなんて、組んだ奴は正気じゃない」
「でも、その分速いんだろ? 上等だよ」
全開にできる時間が短くても、やりようによっちゃ今の箒とも十分渡り合えるはずだ。後は――俺が操れるかどうか、それだけの話だ。
「はぁ……全く、いいなぁーガキは真っすぐでよ」
ロイは天井に昇っていく煙をぼんやり見上げる。
その横顔は、昔を思い出しているようだった。
「ロイは違うのかよ?」
「お前も大人になればそのうちわかる。さぁ、そろそろ帰れ。チビ達が待ってんだろ?」
「あっ、そうだった! じゃあ悪いけど、俺戻るから! また夜な」
「院長によろしくな」
◇
ロイと別れ、町外れの教会――俺の家へと戻る。
壁は塗装が剥がれていて、扉もガタガタだけど、ここが俺にとって帰る場所だ。
「ただいまー」
扉を開けた瞬間、バタバタと駆け寄る足音が響く。
「リオ兄ちゃん! お帰り!」
「お帰り兄ちゃん」
末っ子のアルシーと次男のダミアンが飛びついてくる。
「よしよし、いい子にしてたか?」
俺は少し屈んで頭を撫でる。
嬉しそうに無邪気に笑う二人の姿に、日ごろの疲れが癒されていくのを感じた。
「朝食、もうできてるから」
と、長男のフェルがぼそっと言う。
「あっ……わかった」
俺は気まずくて、それ以上、何も言えなかった。
「それじゃ」
フェルは物分かりが良くて、俺がいない間、2人の世話をまかせてたけど、俺が箒をいじり始めてから会話はほとんどしなくなった。
家族と時間を作るのも大事だってことくらいわかってるさ。
それでも、俺は――
「リオ兄ちゃん、だっこして~」
アルシーが小さい手で服の裾を引っ張ってくる。
「アルシーは甘えん坊だな」
「えへへ」
俺はアルシーをひょいと抱っこする。
ふんわりとした髪が頬に触れて、くすぐったい。
「アルシーだけずるい! 僕も!」
ピョンピョンと、俺の前でジャンプするダミアン。
「しょうがねーなぁ」
空いたもう片方の腕でダミアンを抱える。
二人の小さなぬくもりにそっと誓う。
兄ちゃん、夢ってやつを必ずこの手で掴み取って、カッコイイとこ見せてやるからな。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
投稿ペースは月1~2話で更新していく予定です。
皆さんからのコメントや応援が執筆の励みになりますので、
よろしくお願いします。
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