第2話 ストレイトレディー

 ――10年後。

 

 俺は暖かい日差しで目を覚ます。


「痛ってぇ……」


 ガレージの固い床で眠っていたせいで身体中が痛い。

 俺はゆっくり起き上がり、大きく背を伸ばした。

 徹夜で作業してるといつの間にか眠っちまうんだよな。


 あれから月日は流れ、俺は15歳になった。

 あの時掲げた夢は今も燃え続けている。だけど、箒乗りになるのに、一番最初に必要だったのは情熱なんかじゃなく――金だった。

 箒屋で初めて値札を見たときは正直、吐き気がした……一番安いやつで一軒家が建てられる程の金額。孤児院育ちの俺じゃ働き口なんてたかが知れている。稼げる金もそう多くはない。現実っていうものをはっきり痛感した。


 普通の奴だったらとっくに諦めてただろう。

 でも、俺に諦めるなんて言葉は微塵も浮かばなかった。ちっぽけな自分がこの夢を捨てたら何も残らない。初めから崖っぷちだ。

 

 重い瞼を擦り、日光に照らされた一台のバイク型箒に視線を移す。

 あの日、彼女と出会った瞬間を今でも鮮明に覚えている。

 赤錆で腐食したボディー、割れたメーターに今にも折れそうなハンドル。しかも、まともに動くかどうかさえわからない埃を被ったエンジン。魔術回路すら知りもしない、ただのど素人が、修理レストアなんてできるはずがない――皆、口を揃えてそう言った。無謀だってことぐらいわかってる。でも、感じたんだ。この出会いはきっと偶然じゃない――だってそうだろ? 同じ捨てられた者同士、これ以上のめぐり逢いなんて存在しないのだから。

 

 俺は導かれるように箒が放つ美しい曲線を指先でなぞる。指から伝わる冷たい金属の感触、決して綺麗ではない凸凹のボディー。どんなにボロボロだろうと箒であることに変わりはない。

 

「お前が俺を見つけてくれたのか?」


 エンジンはまだ直っていないけれど、スロットルを握れば、いずれ息吹くエンジン音が頭の奥で響く。

 1000、2000と回転数が上がるにつれ、彼女は妖艶な歌声を披露する。

 永遠に途切れることのない心地よさが、一度開けたスロットルを戻すことを許そうとしない。


 『さぁ坊や、この私をリードしてみなさい』と甘美な誘惑で俺を挑発する。


 たとえ、その身が穢され、地に落ちようとも、決して気高さを失うことはない誇り高き淑女。

 

 その名は――『ストレイトレディー』




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 投稿ペースは月1~2話で更新していく予定です。

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