【第二章開幕】ブルームレース・イグニッション
はるさめ
第一章 始動編
第1話 第一章プロローグ・イグニッション
『ブルームレース』――それはダンジョンを
日夜繰り広げられる命懸けの攻防と、箒が魅せる圧倒的スピードに人々は虜になっていた。
これが誕生した経緯は冒険者によるダンジョン攻略が発端だ。
数多の冒険者によってダンジョンが攻略されて以降、アーティファクトや魔物はほとんど狩り尽くされ、行き場を失った廃ダンジョンが溢れかえる事態にまで発展した。それを解決する方法として考案されたのが箒を使ったレースだ。
初めは全く期待などされていなかったが、回を増すごとに大反響を呼び、今や『冒険からレース』――いや、『剣から箒』へと時代は移り変わりつつある。さらに変化を遂げたのは文化だけではない。一般的な箒はステッキ型が主流だが、ダンジョンを攻略するために開発されたバイク型は、魔導エンジンから生み出される強大なパワーと弓矢を思わせる流線的なフォルムから高い人気を誇っている。
『レースもいよいよ終盤! 各選手がスパートをかけてきました!』
幼い頃、たった一度だけ孤児院の院長に連れて行ってもらったことがある。
会場の規模はそれほど大きくなかったけれど、スピーカーから流れる箒の風切り音とエンジン音、ギャラリーの激しい歓声が俺を熱くさせた。ただ突っ立っているだけで、まるで大きなうねりの一部になったかのような感覚、それがたまらなく心を震わせる。
中でも一際輝きを放っていたのは――。
『アラン・ベリック! これまでクレバーな戦術で戦いを繰り広げてきましたが、今回は我々に何を見せてくれるか!?』
今でこそストリート出身の箒乗りがちらほら頭角を現してきているが、 数年前はアカデミー出身の箒乗りが上位を占めていた。勿論、資金力の差もあるが一番はドライビングテクニックだろう。幼い頃から英才教育を受け、さらにはアカデミーで最新のテクニックを学ぶのだ。ストリート上がりの箒乗りが付け入る隙なんてなかった。だが、そんな状況をひっくり返し、レース界に風穴を開けたのが異端児アラン・ベリックなのだ。
エリートのような洗練された走りとは真逆のスタイル――ど派手なドリフトや見る者を圧倒させる空中機動を武器にのし上がってきた。
それもストリート出身で田舎育ち、自分と似たような境遇に、憧れを抱くのは当然だった。
『この最終セクションは攻撃魔法の使用が許可されています! ドッグファイトにおいて、前は圧倒的不利! これをどう凌ぐのか、アラン・ベリックに注目が集まります!』
ブルームレースにおいてダンジョンに設置されたトラップを掻い潜るのも盛り上がる瞬間の一つだが、やっぱり醍醐味は攻撃魔法が使用可能なドッグファイトセクションだろう。
2位の選手はアランに向かって攻撃魔法を放つが、華麗な箒捌きで回避していく。
手に汗握る勝負に、俺は院長の服をギュッと握りしめ大画面モニターに釘付けになっていた。
『今のところ回避しておりますが、ゴールまではまだ距離があるぞ!』
痺れを切らした2位の選手はより威力と速度に特化した魔法を展開し始める。
『おっとこの炎と雷の魔法はファイアボルトだ! 優れた発射速度と防御魔法を貫くその威力に、数々の選手が撃墜されてきましたが、アラン・ベリックはどう対処するのか!』
「この手のバトルは防御魔法で耐えるのがセオリーだが……」
「あの魔法に対抗するには――」
「回避しかない」
「でも、いくら回避主体のアランでも、完璧にかわすことなんてほぼ無理だろ?」
ギャラリーの口々からそんな言葉がしばしば聞こえる。
ファイアボルトは高難易度の魔法だ。2種類の属性を正しく融合させなければ、魔力暴走を起こしてしまう。しかし、使いこなせればドッグファイトにおいてこれほど信用できる武器はない。
幼い頃の俺にはその理屈は全くわからなかったけど、会場の雰囲気で何となく理解していた。だけど――。
「フッ」
と、モニター越しでの観戦に加え、ましてやアランはヘルメットを被っているから表情なんてわかるはずないのに、俺にはアランが笑っているようにしか見えなかった。
次の瞬間、唸るような轟音と共に放たれるファイアボルトはまるで鋭い弓矢のように一直線に走る。
このまま直撃するかに思えたが――。
「--えっ?」
次に映し出されたのはアランの箒が垂直に停止した姿だった。
『コブラ機動だ! ここで高難易度の空中技を決めてきたああ!』
ギャラリーも騒然としている。
「ここにきてマジかよ!?」
「だが、急停止すれば狙いは外れる! 問題はこの後だ!」
放たれたファイアボルトは空を切る。しかし――推進力を失ったアランの箒は一気に後退していく。
1位は逃したと誰もが思った。
だが、彼だけは違った。
アランは瞬時に箒を逆さまに回転させ、2位の選手の頭上へと舞う。
この瞬間、アランの勝利が決した。
すでに切り札を切った相手は反動で防御することができない。アランはそのまま魔力弾を撃ち込む。
コブラ機動からの撃墜――まさにドッグファイトの天才と呼んで相応しい内容だった。
『これがレース界の異端児! アラン・ベリックだあああ!!』
アランが大きく腕を上げた姿に、ワァアアア! と地鳴りのような歓声が響き渡る。
自分のことのように嬉しさが溢れてきた。
こんなにも人を魅了するなんて……やっぱレースって最高に面白いじゃん!
「コブラ機動から撃つなんて普通できねぇよ……」
「それもだが、狭い空間でのコブラ機動は相当な技術がなきゃできない。ヤバすぎるぜ」
目を閉じ、想像する。
時速200kmを超えるスピードの世界で生きる箒乗りには、どんな景色が広がっているのだろう? 栄光の輝き? まだ見ぬ速さへの追及? 敗北の悔しさ? 知りたい……怖いけど、飛び込んでみたい!
「院長」
「ん? どうしたんだい?」
「ブルームレースってすごいね」
「感動を与えるのは、実はすごく難しいことなんだ。リオが今日ここで何かを感じてくれたならそれでいい」
「……俺も、あの人みたいになれるかな?」
「なれるさ、君がその夢を追い求めればね」
院長は優しく微笑み、俺の頭を撫でる。
院長の手の温かさが勇気をくれる。
「うん、俺もアランみたいな箒乗りになる!」
「その気持ちを決して忘れないようにね」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
投稿ペースは月1~2話で更新していく予定です。
皆さんからのコメントや応援が執筆の励みになりますので、
よろしくお願いします。
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