第6話「影歩、その先へ」

 《影歩》――それは、影から影へ一瞬で移動する新たなスキル。


 俺は獲得したばかりのその能力を試すべく、リリィと共に第二層の奥へと進んでいた。黒水の淵を越えた先は、乾いた岩盤の道。天井の亀裂から差し込む光が、かすかに足元を照らしている。


 「ねえユウト、さっきの……本当に影の中を“歩いた”の?」


 「ああ。意識を集中すれば、自分の影から近くの影へ一瞬で移動できる。使いこなせれば、戦い方が根本から変わる」


 影の道を移動するその感覚は、空間をねじ曲げるような奇妙なものだった。だが、その分だけ力強い。“逃げられない攻撃”が可能になる。


 「影縫いで動きを封じ、《影歩》で背後を取る……連携すれば無敵かも」


 「すごい……」


 リリィは目を輝かせていたが、その表情の裏にはどこか沈んだ気配もあった。


 「どうした?」


 「……わたし、足手まといになってない?」


 「は?」


 「ユウトはどんどん強くなってて、わたし……運の加護以外、何も……」


 俺はふっと息を吐いた。リリィは昔からそうだ。自分の価値を見ようとしない。


 「お前がいなきゃ、黒喰いには勝てなかった。……あの時、お前の“力”が奴の運を崩したから勝てた。俺はその隙を突いただけだ」


 「……でも、運なんてあいまいで……」


 「だからこそ、価値がある。誰も制御できない“不確定”をお前は扱える。それは俺にもできないことだ」


 リリィは少しの間黙って、それから微笑んだ。


 「ありがとう、ユウト」


 そのときだった。岩壁の影から、鋭い殺気が放たれる。


 「伏せろ!」


 俺はリリィを抱えて跳躍、《影歩》で瞬時に背後へと移動。


 そこにいたのは――人型の魔物。鋭い爪と赤い目、そしてボロボロのローブ。


 「人間……か?」


 だがその存在は明らかに“人間だった何か”だ。理性のないその瞳に、獣のような執念が宿っていた。


 「喰らわせてもらおう……貴様の影……!」


 異形の者が、俺の影に手を伸ばしてくる。


 まさか――影を狙ってくる敵が現れるとは。


 影同士の戦いが、今始まる。


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