第7話「影を喰らう者」
異形の男は、俺の影に手を突っ込もうとした。
「ちっ……!」
反射的に《影歩》で距離を取る。影が狙われる――それは俺にとって、生命線を握られるも同然だ。スキルの発動源であり、戦術の中核。奪われれば、俺はただの人間に成り下がる。
「喰う……影を……もっと、もっと……!」
魔物はにたりと笑った。口元には黒い液体が垂れている。まるで、それが“影の血”であるかのように。
「ユウト、あいつ……人間だったのかな……?」
リリィが震える声で問う。俺は短く頷いた。
「ああ、多分な。――影を喰いすぎて、自我が壊れたんだろう」
「そんなこと、あるの……?」
「このダンジョンなら、何でもあるさ」
男が飛びかかってくる。その腕が俺の影を貪るように伸びてきた。即座に《影縫い》で地面に影を固定し、動きを封じる。
「っが……っ!? く、喰わせろォ……!」
《影歩》で背後を取り、短剣で首元を狙う。だが、男は動きを止めない。まるで影の“束縛”そのものを喰っているように、《影縫い》の拘束が削れていく。
「……スキルまで喰われるだと!?」
まずい。能力が通じない――いや、通じにくい。
「ユウト、わたしがやる! あなたの“影”を強化する!」
「え?」
リリィが俺の肩に手を当てる。その瞬間、俺の影が脈打った。重力を帯びたように、ずしりと地に根を張る。
「“幸運の加護”を影に重ねるの。たぶん、いける!」
――そうか、リリィの運は“対象に幸運をもたらす”だけじゃない。“敵にとって不都合な現象”も引き起こせる。
「やれるな。行くぞ!」
俺は影から影へと跳び、男の真後ろに現れる。再び《影縫い》を撃ち込むと、今度は――
「ぐ、があああっ……!? 動け、動けないッッ!」
効いた。
リリィの加護が“影の絶対性”を底上げしたのだ。
「終わりだ!」
短剣を突き立てる。男の体が崩れ、闇に還るように消えていった。
静寂が戻った。
「……リリィ、お前の加護、やっぱりただの運じゃないな」
「うん。でも、なんでかわからない。ときどき“確信”するの。この方法なら上手くいくって」
それは、彼女自身が気づいていないもう一つの力か――
「まだまだ、分からないことだらけだな」
「うん。でも、一緒に解き明かしていこう」
110年の奈落を歩いた俺と、呪いを抱える少女。
影に潜みながら、真実に少しずつ近づいていく。
『110年もダンジョンで生き延びたら、死んだことにされていた件』 @tubotuboex
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