第5話「第二層・黒水の淵」

 リリィと共に、俺は石階段を降りて第二層へ足を踏み入れた。


 そこは湿気と腐臭が漂う、濃霧に包まれた地下湖だった。足元は泥に覆われ、水は濁り、何かが蠢いている気配が絶え間なく漂っていた。


 「気をつけろ。何かいる……」


 そう言いかけた瞬間、水面が割れ、巨大な舌のようなものがこちらに襲いかかってきた。


 「下がれ、リリィ!」


 とっさにリリィを後方へ押しやり、俺は火打石で松明に火を灯した。周囲が照らされ、正体が現れる。


 ――水棲の魔獣黒喰い


 まるで巨大なナマズのような体に、無数の目玉と舌。獲物を引きずり込み、腐らせて喰らう存在だ。


 俺はすぐに影を探した。だが霧と水で影が薄い。


 「光を……もっと強くできれば……」


 そのとき、リリィがそっと俺の手を取った。


 「わたし、“幸運”を吸うだけじゃない……“不運”を与えることも、できる……」


 「……試すか?」


 リリィはこくりと頷いた。彼女の目が薄く光り、水面に浮かぶ魔獣に向かって手を伸ばす。


 次の瞬間、魔獣の体が震えた。水中に潜ろうとした瞬間、岩にぶつかり、体勢を崩す。


 ――“運”を失ったのだ。


 その隙を逃さず、俺は松明を奴の影に向けて投げ込む。


 《影縫い》


 魔獣の影が地に縫いとめられ、逃げ場を失った。


 ナイフを構え、喉元へ一閃。肉を裂く感触と共に、魔獣の断末魔が響く。


 しばらくして、動きは止まった。


《レベルが4に上昇しました》

《スキルポイント+1》

《新たなスキル【影歩】を取得可能です》


 「……影歩、だと?」


 影の中を“移動”できる、次なる進化。


 だがそれよりも――


 「リリィ、お前……本当に呪われてるのか?」


 「……ううん、呪いじゃない。“加護”かもしれないって、前に誰かが……」


 「誰か?」


 「……忘れた。でも、優しい人だった」


 彼女の言葉はぼんやりとしていたが、どこかで俺と似た何かを感じた。


 このダンジョンには、ただの化け物だけじゃない。人間、そして“意思”がある。


 第二層の奥――黒水の淵の彼方で、また新たな光が見えた。


 俺たちは、進む。

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