13 再会

 目が合った、気がした。


 ぎしりと、心臓が嫌な音を立てている。どうしてあいつが此処にいる。祭りを楽しむ人々の間をすり抜け、じぐざぐに道を走りながらルカは自分を追いかけてくる「影」から逃げていた。

 いるはずがない、あいつから逃げようと必死になってこんな果てまで来たというのに。差し向けられていた「影」と呼ばれる魔導人形は、海で船が沈んだときに標的を見失い自滅したはずだったのに。


「こんな子供の姿になっていても俺が俺だとわかるというのか……⁉︎」


 指輪をはめた左手をきつく握りしめる。脇目も振らずに走っていると、気づいたときには人気のない裏路地に迷い込んでいた。ひどい息切れと目眩がする。もとより体力はなかったが、子供になったことでよりいっそう弱々しくなったような気がする。

 壁に手をつき咳き込んでいると、背後に気配を感じた。


 喉がぎりぎりと絞られるような苦しさに目の奥がちかちかしているうちに、ぬっと伸びてきた手が肩を掴み、ルカを振り返らせた。


「ようやく、見つけましたよ。ルカリオン様」

「っ、お前は……」


 大きく見開いた眸は、にやりと唇をゆがめた男の顔を捉えた。

 そのときだった。


「ルカ! 伏せて」


 鋭い声が飛んできて、弾かれたように顔を声の方に向ける。


「は? うわっ」


 ほぼ反射的にしゃがんだ次の瞬間。

 ばしゃっ、と放たれた激しい水流がルカの目の前にいた人物に直撃した。悶絶しながら転倒した男と、声の主……アシュレイを見比べながらルカは呆然としていた。


「無事か、ルカ!」


 駆け寄ってきたアシュレイが倒れた男からルカを引き剥がし、ぎゅっと抱きしめてくる。ふわりと菓子の匂いとはちがう甘い香りがして、さっきとは違う意味でくらくらした。やわらかな抱擁を受けていると、彼女が自分とは異なる生きものだとひしひしと感じてしまう。

 拘束から逃れようとじたばたすると「あぁ苦しかったか?」とすぐに解放された。


「い、いやそうではなく……。俺は平気だが。というかなんだったんだ、いまのは」


 熱った頬を誤魔化すように咳払いして言うと、アシュレイが誇らしげに魔力を宿した右手をルカに見せた。


「契約している水魔の力を借りたんだ。ただの水鉄砲なんだけど、それなりの効果はあったみたいだな」


 アシュレイはにこりと微笑んでみせてから、ほうっと息を吐いた。それにしてもあの威力で「水鉄砲」とは恐れ入る。


「うっ、ぐ……」


 ルカは、ひくひくと小刻みに身体を揺らしながら、いまだ起き上がれずにいる男をつめたく見下ろす。


「おい、なまっているんじゃないのか」


 ヴェリシュ、とルカは苦悶の表情を浮かべる男の名を呼ぶと、アシュレイが大きく目を見開いた。


「な、なんだ⁉︎ まさかルカの知り合いなのか……?」

「知り合い……? いやこんな軟弱な男には見覚えがない」


 そんなぁ、と情けない悲鳴が倒れた男……ヴェリシュから上がる。


「いてててて……ひどいっすよ、この鬼っ! 護衛官相手に塩対応がすぎるっす!」


 よろよろしながら立ち上がり、ルカを涙目で睨みつける。知人であることを否定したくなるほどのざまである。情けない、と叱責したくもなったが相対しているアシュレイが規格外なのだから仕方がないとも言える。


「……ルカ? こちらの方は」

「だから知らん。見ず知らずの不審者だ」

「ちょっとぉー⁉︎ ルカリオン様ぁ、冗談はやめて欲しいっす……」


 ヴェリシュは涙目である。とはいえ……ルカとしてもこいつとの関係性を知られるわけには、と思っていたところで、空気を読まずヴェリシュが一歩前に進み出てアシュレイの前に立った。


「おれはヴェリシュと申します。美しい方、お名前は?」

「わ、私か? アシュレイ、ですが……」


 よそゆきの声で喋るアシュレイの手を、ヴェリシュがぎゅっと掴み、馴れ馴れしく握った。おい、と思いの外、低い声が出たがヴェリシュの耳には届かなかったようだ。もしくは聞こえないふりか。


「お会いできて光栄です、アシュレイ様。このクソガキ……いえ、ルカリオン様を預かってくださっていたんですね。ありがとうございました」

「はあ。ええっと、ルカリオン、というのはルカのことでしょうか? その……ルカは事故に遭って、記憶を失っているようでして」

「記憶を?」


 そんなまさか、とヴェリシュが怪訝そうな顔でルカを見遣った。舌打ちをしたくなったが視線で、話を合わせろ、と訴えてみる。


「なんと、そうでしたか……おいたわしや、ルカリオン様……」


 ヴェリシュはハンカチを取り出して目頭を拭ってみせた。おいやりすぎだ。心の声が顔に出ていたのか、すみやかに泣き真似をやめた。


「あの、ヴェリシュさん」

「どうぞヴェリシュ、とお呼びください。美しい方」


 にっこりとヴェリシュが微笑むと、アシュレイは居心地悪そうに頬をかいた。どこぞのご令嬢に対するような対応に慣れていないのだろう。


「ルカを連れて帰るおつもりですか?」

「ええ、それはもちろん」

「俺は帰らないぞ」


 すかさず口を挟んだルカをアシュレイが見た。


「ルカ……?」

「そんな我儘を言わずに。消息を絶った貴方のことをどれほど心配していたか……」

「そんなものは知らん。俺はルカだ。ルカリオンなんかじゃない」


 きっぱりと言い切ると、ヴェリシュは「変わりませんね、貴方は」とため息混じりにつぶやいた。

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