12 祭りの日に
フリルドマーニュの潮風の中にふわりと甘い焦がし砂糖と香ばしいバターの匂いが混じっている。それを胸いっぱいに吸い込んで、恍惚とした表情を浮かべるアシュレイを、ルカが醒めた目で見ていた。何を隠そうアシュレイはこのメルティホリディが大好きなのである。
この島に移り住んできてまだ数年しか経っていないのだが、毎年欠かさず足を運ぶほどであるし、祭りまでの数日間甘いものを断って味覚を研ぎ澄まそうとするほどの気合の入れようだった。
窮屈な締め付けのある服ではなくふんわりと腹周りがゆるやかなワンピースドレスをあえて選んで身を包み、いくらでも詰め込んで見せると張り切っている。
「……さっきから甘いものばかり食べていて飽きないか?」
片手にクッキー、片手にカップケーキを手にして歩くアシュレイを薄気味悪そうに眺めながらルカは言った。
「ん〜! 美味い……なんて暴力的な甘さなんだ……ルカ、君も食べるか?」
手持ちの菓子たちを早々に口の中に放り込むと、出店で手に入れたばかりのお菓子を袋から取り出し、ルカに差し出そうとする。
「いらない。見ているだけで胸焼けする」
あっさり断られてしまったことを残念に思いながら、取り出したリボンをねじったような形の焼き菓子にアシュレイは齧り付いた。
「ふふふ、そういえば甘いものに飽きた者たちを狙って、漣亭ではしょっぱいもの系の出店を出すんだそうだ。さすが、シャルだな……是が非でも立ち寄らなくては」
「……もう甘味には飽きたのか?」
「いやまったく」
別腹というやつだな、と断言するとルカは呆れたようにわらった。
「……」
珍しい。
思わずアシュレイは見惚れてしまった。
ルカが気の抜けた……しかもやわらかな表情をするのを初めて見たような気がする。いつもむすっとしているというか、気を張っていると肌で感じられるような顔つきをしているのだが。
「……祭りはいいな」
しみじみ呟くと、「そうか?」と当の本人はいつものルカが見せるシニカルな雰囲気にあっという間に戻ってしまった。
そういうところが実に子供らしくない。
本島の町を忙しなく動き回る人々、それを物珍しそうに眺める観光客と地元の参加者の姿が入り混じる。なじみ深い光景ではあるが、イベントごとともあって活気がいつも以上になっている。
出店を巡り歩いているうちに時間がかかってしまったが、そろそろ広場ではメルティホリディの製菓コンテストに参加する腕自慢たちの野外調理が始まる頃合いだ。このフリルドマーニュの太陽よりも熱い戦いは絶対に見逃せない。
「行くぞルカ! この人出だ、見物席がすぐ埋まってしまう」
「っおい、掴むな。俺はガキじゃ……」
言いかけて、ルカがハッとした表情を浮かべた。何かを見つけたように人混みの中に視線を向けている。
「ルカ?」
立ち止まり、一点を見つめていたルカが人混みの中をすり抜けるようにして駆け出した。慌てて追いかけようとしたが一瞬で華奢な身体は混雑の中に呑まれてしまう。
人を掻き分け、手を伸ばしたときにはその姿は完全に見失ってしまっていた。
「どうしたんだ……いったい」
アシュレイは呆然と立ち尽くし、ふっとけむりのように消えてしまった少年の後ろ姿を探し続けた。
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