11 メルティホリディに行こう!
「メルティホリディ……?」
今日も【藍玉案内人】の仕事を終えたのち、アシュレイとルカは漣亭に来ていた。カウンターのいつもの席に座ってオーダーを終えたところで、ルカがぼんやりと壁を見ていることにアシュレイは気がついた。どうやら張り紙が気になるようだ。怪訝そうに眉根を寄せてしかめ面にも似たような表情をしているが、ただの癖であって怒っているというわけではないとは最近わかってきた。
「ああ――今度の週末にあるお祭りなんだ。この島の領主様が、大のお菓子好きでね? 毎年この時期に腕自慢が参加するお菓子作りのコンテストが開かれるんだ。なんでも王都から有名な
時折早口になりながら熱っぽくアシュレイが語ると、ルカは面倒くさそうに嘆息した。
「祭り、ねえ……フリルドマーニュは毎日が祭りみたいに人で賑わっている気がするんだが」
興味を失ったとばかりにルカは張り紙から視線を外した。グラスに注がれた果実水をちびりちびりと舐めている。フリルドマーニュ名産の果実を使った子供向けのジュースだが、酸味が強いのでまだ慣れていないらしい。
「そうだ。ちょうど予約が入っていないし、見に行こう」
「は? いや、別に興味があるというわけじゃないんだが……」
気が乗らないようすのルカの興味を惹こうと、メルティホリディはいいぞ、とアシュレイは力説する。
「なんと言っても試食ができるんだ! 参加者の作った菓子は見物人たちに無料で振る舞われる。すごい太っ腹だとは思わないか?」
「どうせいつもよりも混雑するんだろう? 人混みは好かない」
「……そんなに行きたくないのか?」
それでも食いついてこないルカに、アシュレイは萎れてしまって表情を曇らせる。
「っ、行けばいいんだろう⁉︎ だからそんな顔をするな。餌をお預けされた子犬のような目はやめろ!」
「そ、そんな情けない顔はしていないつもりだが」
テーブルの上の特製夕食プレートをあっという間に平らげながらアシュレイは首をかしげる。
「……口元にソースがついている」
「えっ」
紙ナプキンで口元を慌てて拭うアシュレイを見て、ルカは「まったく」と呆れたように笑っていた。
「おいおい、そうしてるとどっちが子供かわかんないなっ、はっはっは!」
すぐ近くの席にいたミレットが大笑いをする。
「ミレットも一緒に行かないか?」
「あー、あたしは遠慮しとく……」
この手のお祭りごとには必ずと言っていいほど首を突っ込んでくるミレットには珍しい。おとなしくグラスを傾ける姿を意外に思っていると、アシュレイのおかわり分のプレートを厨房から運んできたシャルが「だめだめ、ミレットには先約があるの」とにっこりした。
「ミレットはねぇ、ツケがたっぷり溜まっているから、メルティホリディでは漣亭のお手伝いをたーっぷりしてもらうの。うちも屋台を出すから絶対にアシュレイもルカくんも寄っていってね」
「アシュレイ〜助けてくれぇ……シャルがいじめる」
「そうか。頑張って奉公するんだぞ。日頃の恩を返すと思って」
「ツケも払ってほしいけどね。利子分くらいにはなるでしょ」
味方はいないのか、とミレットはわめくが誰も取り合わなかった。
◆◆◆
暗闇に沈んだ夜のフリルドマーニュ本島で、一人の男が物憂げに道を歩いていた。浮かれた酔っぱらいが楽しげに肩を組んで歌う姿を羨ましそうに見つめ、嘆息する。国内有数のリゾート地であるこの場所で辛気臭い顔をしているのは彼ぐらいだろう。その意味で、男はひどく浮いていた。姿こそ日頃の窮屈な制服を脱いだ旅装ではあるのだが、華やいだ気持ちには到底なれずただひたすらに宿までの道を辿っている。
「おっ、兄さん! 安くしておくから一杯飲んでいかないか?」
「……結構だ」
男はぐう、と腹の虫が鳴いたのを隠すように手で腹部を押さえながら首を横に張った。ふらつきながら夜道を歩く姿を呼び込みの店員が心配そうに見送った。
「いったい、どこにおられるのですか……ルカリオン殿下」
男の声は虚しく、夜の闇に溶けていったのだった。
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