第11話 告白
それから一年。
史彦は学校での厳しい訓練生活に耐え続けていた。
もともとこの学校の訓練期間は3年だったのだが、魔王軍との戦いで人手が足りず、学校が3年で教える事をわずか1年に短縮したのだ。
そのため訓練は超過密で休みもなく、怪我人など脱落者も後を絶たない。
こんな事をしていては人手不足も解消できず、本末転倒なのでは?と思いながらも史彦とティナは持ち前の魔力にも助けられ、訓練生の中でも群を抜く存在となっていた。
オヤジも周囲から女の気配が消え、訓練にも真剣に取り組み始め、今では史彦やティナとほとんど実力が変わらなくなっていた。
しかし、オヤジはいまだにオカンに対して自分の正体を告げてはいなかった。
毎日の訓練が本当に過酷で、その余裕もなかったというのもあるが、オカンがオヤジを毛嫌いしているのも大きい。
女好きという印象を持たれてしまったイザムは、その印象をなかなか払拭できず、会話すらまともにしてもらえない状態だったのだ。
一度ついた悪い印象を覆すのは、容易なことではない…。
史彦はオヤジを見て、人生で大事な事を一つ学んだのである…。
そんな、学校ももうすぐ卒業という頃、史彦とティナとイザムの3人は国王から突然、魔王討伐の勅命を受けた。
魔王軍に押しに押されて、ついにヴァリス王国一国のみとなってしまった人間は、一発逆転の可能性に賭け、少数精鋭を送り込み、親玉である魔王の首を取るという作戦に出たのである。
学校が多くの脱落者を出しても気にしなかったのは、そういう事だったのか。
相当強いと言われる魔王を倒すには、こちらもかなりの強者を育てなければならない。
そのため、脱落者を出してでも過酷な訓練で精鋭を鍛えなければならなかったのだ。
オカンは息子を危険に晒したくないと嘆いていたが、王の命令に背けるはずもない。
史彦自身もかなり危険な命令だとは思ったが、この世界を救うためにはこの方法しか無い事もわかっていた。
魔王を倒し、この世界に平和を取り戻す。
そして、オカンとオヤジには前の世界のように仲良く暮らしてもらう。
前世でも、2人は夫婦だったのだ。
再び同じ世界に転生したのだから、再び夫婦になるのが当たり前なのだ。
しかし、そんな史彦の安易な考えは、他ならぬオカンによって打ち砕かれる事になった…。
「いよいよやな…。」
禍々しくそびえ立つ魔王城を眺めながら、ティナがそうつぶやいた。
ここは魔王城に程近いまやかしの森。幹の太い木が細い枝を異様に伸ばして、まるで髪の毛が逆立っているような印象を与える、不気味な森である。
ヴァリス王国軍は魔王軍に大掛かりな突撃を仕掛け、そちらに注意を向けさせた後、史彦たち3人は隠密作戦でなんとかここまでたどり着いたのだった。
魔王は自分の力を過信していて、今は魔王城と言われる滅ぼされたリスカ王国の城には、数名の護衛以外は戦闘力のない召使いしかいないらしい。
そこまでの道のりで魔物との遭遇はあるにはあったが、史彦たち3人は思ったよりかなり高度な連携を発揮して、魔物たちを倒していった。
オカンのアイスバレットを史彦の風魔法で飛ばして雑魚を狩り、オヤジのファイアソードで強敵を薙ぎ払う。
史彦の風魔法はみんなのスピードをアップさせる事も出来る。
他にもオカンが地面から瞬時に作り出すアイスシールドも、敵の攻撃を防ぐには非常に便利だった。
バランスの取れた編成で突然襲ってきた魔王の幹部までも倒した史彦たちは、実戦での経験と自信も深めていったのである。
遭遇した魔物たちは全滅させて来たので、俺たちの隠密行動はまだ気づかれていないはずだ。
「イザム、あんたの事もそろそろ見直さなあかんな。最初はただのスケベェやと思ってたけど、なかなか骨のある男やないか。」
「ウ、うむ、そうか?」
オカンにバレたく無いあまりに、超無口になってしまったイザムは、少し照れくさそうにそう返した。
ようやくイザムに対するオカンの印象も良くなってきたようだ。
これは、良いタイミングなんじゃ…。
さあ、今だよオヤジ。オカンに、自分の正体を明かすんだ!
俺はそっとイザムの身体を肘でつついた。
「ティナ…あ、あのな…」
「実は、戦いの前に聞いてほしいことがあるんよ。」
ああもう…。
オヤジが勇気を出して口火を切ろうとしたのに…。なんだよオカン。
「私な…、実は、結婚すんねん…。」
「「え?」」
俺とイザムは、ポカンとした顔でティナを見つめた。
結婚?
オカンの予想外の発表に何が何だか分からず、文彦は思考が停止した。
「あたし、実はええとこのお嬢なん、知ってるやろ?私が転生する前から婚約者、みたいなんがおってな。まだ数回会っただけなんやけど…。この戦いが終わったら、結婚すんねん。」
「…そ、そうか。おめでとう、ティナ。」
イザムはそう言って祝福したが、動揺を隠しきれていない様子だ。
「婚約って…。オヤジはどうすんだよ!」
俺は思わず立ち上がりそう言った。
「史彦…。いきなりそんな事を言ってもイザムには何の事やら分からんやろ?イザム、今まで内緒にしてたんやけど、私たちは転生者で、前世は親子やってん…。そして、この世に同じように転生してるかもしれへん父親を探してるねん。」
「ええ、そ、そうなんだあ。」
イザム…。演技が下手すぎるだろ…。しかし、今はそれどころじゃない。
「オヤジを…捨てるのか。」
「…。」
史彦の言葉にオカンは悲しそうに目を伏せた。
「…史彦。私たちは生まれ変わって、別の人の人生を生きてるねん…。ティナは両親にすごく愛されてる。ティナの両親を悲しませたくないねん…。」
「でも…。」
オヤジはいるんだぜ…。すぐそばに…。
「事情はわかったよ。」
しばらくの沈黙の後にイザムはそう言った。
「俺はティナを祝福するよ。ティナが選んだ道だ。アベル、おまえもわかってやれ…。」
そう俺に言うイザムの表情は、全く読み取れなかった。
なんだよそれ…。全然わかんねえよ。俺たち、ずっと家族じゃないのか…。
「ごめんな、大事な戦いの前にする話じゃないよな…。ホンマ、ちょっとテンパってもうてるわ…。もうメチャクチャやで…。アハハハハ…。」
ティナの取り繕うような乾いた笑い声は、うっそうと茂った夜の森に、静かに吸い込まれていった。
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