第29話
村の暮らしは想像以上に活気に満ちていた。
子供たちは浜辺で魚を追いかけ、大人たちは網を編み、潮目を読み、収穫を祝っていた。
俺とシーナは、島の一員として受け入れられたわけじゃないが、少なくとも拒絶はされていなかった。
俺は昼の間、村の男たちと一緒に網を引いたり、干し場の手伝いをしたりして過ごした。
海と生きること、それがこの島では息をするように自然だった。
シーナは女たちと一緒に食事の支度を手伝っていた。
彼女の手際の良さに、島の女たちが感心していたのを、俺は遠目に見て少し誇らしく思った。
夕方になり、浜辺に火が灯されると、自然と人々が集まった。
小さな宴の始まりだった。
焚き火の周りで魚が炙られ、南国の果実が並べられる。
俺も勧められるままに席に着き、潮の匂いに包まれながら焼き魚を口に運んだ。
「……うまいな」
驚き半分で呟くと、隣に座ったカイが笑った。
「当たり前だ。ナグア・アシラの魚は、どこの海よりもうまい」
俺も笑い返した。
「たしかに。……これなら何日でもここにいたくなるな」
「そう思えるなら、お前はもう、この島の半分を受け入れたってことだ」
カイは魚の骨を器用に外しながら言った。
まだ少年だと思っていたが、こうして話すと芯の強さがよくわかる。
「カイ、お前は番人なんだよな。どうして?」
ふと気になって尋ねると、カイは焚き火の光を見つめたまま答えた。
「俺は生まれたときから、波の声が聴こえた。
だから、長老たちに選ばれたんだ。
この島を、波の律を、外から守る役目をな」
「……責任、重いな」
カイは肩をすくめた。
「重いさ。でも、嫌じゃない。
海に生かされてるなら、海を守るのは当たり前だろ」
その言葉に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
彼は、何も迷っていなかった。
命を繋ぐために、自分の役目を全うしていた。
「……そうだな。俺も同じだよ」
ぽつりと呟くと、カイはじっと俺を見て、それから小さく頷いた。
夜が更け、星が海を照らす頃、長老が俺たちを呼び寄せた。
「レン・タカナよ。
潮魂石に至る道を知りたくば、波の試練を受けるがよい」
「試練……?」
俺は身を乗り出した。
「波の試練は、島の北にある“潮穴”で行う。
そこは、波の律が最も強く満ちる場所。
おぬしの波が真に海と繋がっているか、試されるだろう」
「……受けます。やらせてください」
俺は即答した。
ここまで来た意味を無駄にするわけにはいかない。
長老は深く頷き、潮霧の巻かれた杖を掲げた。
「試練は明朝。
波が満ち、風が変わる時に始まる。
それまで、潮に心を預け、備えよ」
俺は拳を握った。
この島に来たのも、潮魂石に導かれたのも、すべて意味がある。
この試練を乗り越えて、必ず波の記憶を手に入れる。
シーナが俺の隣で、小さく囁いた。
「レン様なら、大丈夫です。
波は、あなたを見守っています」
俺は彼女の言葉に力をもらい、深く頷いた。
浜辺の火が揺れる中、俺たちは新たな波の予感を胸に、夜を迎えた。
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