第28話
村の中央にある広場へ案内された俺たちは、そこで待つように言われた。
広場の中心には大きな珊瑚の石碑が立っていて、波の模様が刻まれていた。
石碑の周囲には島の民が集まり、ざわめきながら俺たちを見ていた。
敵意は感じないが、警戒は確かにある。
それも当然だろう。
この島は外界と遮断され、独自の律で守られてきた場所だ。
外から来た者に簡単に心を開くはずがない。
俺は何も言わず、潮導核に手を添えた。
ここで無理に弁解する必要はない。
俺の波が、本当にこの島に受け入れられるものなら、自然と道は開かれる。
しばらくして、広場の奥から一人の老人が現れた。
背は低いが、背筋はしゃんと伸び、白髪と日に焼けた肌が歳月を物語っている。
手には長い杖を携え、足取りには迷いがなかった。
カイが一歩前に出て、頭を下げる。
「長老、外の者を連れてまいりました」
老人――長老は俺たちをじっと見つめた。
その眼差しは鋭く、すべてを見透かすようだった。
俺はその視線を真正面から受け止めた。
逃げる理由も、誤魔化す理由もなかった。
長老は口を開いた。
「名を名乗れ」
「レン・タカナ。波に選ばれ、波を選び返した者だ」
そう答えると、長老はわずかに目を細めた。
「……波に選ばれたと言うならば、見せてみよ。
おぬしの波を、この島の潮に重ねることができるかを」
試練だ。
俺は潮導核に意識を集中させた。
潮の流れを読む。
この島を包む、独特の潮。
それは単なる海流ではない。
生きた波、命を繋ぐ潮だった。
俺は右手を掲げ、そっと波を編み始めた。
自分の潮を無理に押し付けるのではない。
島の潮に寄り添い、共鳴するように波を重ねる。
周囲のざわめきが止んだ。
潮の匂いが強まる。
俺の波と、島の潮が重なり合い、ひとつの律を奏で始めた。
長老は目を閉じ、しばらく何かを感じ取るようにしていた。
そして、やがて目を開き、静かに頷いた。
「……よかろう。
おぬしたちは、ナグア・アシラの客人と認めよう」
その言葉に、広場に安堵の空気が広がった。
カイもほっとしたように肩の力を抜いた。
「ありがとう」
俺は深く頭を下げた。
この島の律を守ると、心から誓いながら。
長老は杖を突き、俺たちに近づいてきた。
「レン・タカナよ。
そなたが来たのは、波の導きであろう。
ならば、ナグア・アシラの秘宝、“潮魂石”について話さねばなるまい」
「潮魂石……?」
初めて聞く言葉だった。
だが、潮核石に似た響きに、俺の心は強く引き寄せられた。
「潮魂石は、波の記憶そのものを封じた聖石。
かつて、海精たちが波を守るために遺したものだ」
長老の声は、潮の響きのように胸に沁みた。
「この島の深き潮の底に、それは眠っている。
だが、簡単には手に入らぬ。
潮魂石は、真に波を理解した者にしか応えぬのだ」
「……それを、俺に試せということですか」
俺の問いに、長老は頷いた。
「そうだ。
だが焦るな。
まずは、島の律に馴染むことだ。
波に急ぎは禁物。
潮が満ち、風が変わるときを待て」
わかった、と俺は答えた。
この島で過ごし、波を感じ、潮魂石に至る道を見つけ出す。
それが、俺の新たな旅の一歩になる。
長老は杖を鳴らし、村人たちに言った。
「レン・タカナとその仲間を、我らの客人として迎えよ。
彼らもまた、波を生きる者だ」
村人たちの表情が和らぎ、あちこちから歓迎の声が上がった。
俺はシーナと顔を見合わせ、微笑み合った。
「よかったですね、レン様」
「ああ。……でも、ここからが本番だ」
潮魂石。
波の記憶。
この海を繋ぐために、絶対に手に入れなければならない。
俺は空を仰いだ。
青く澄んだ空の向こうに、まだ見ぬ波が広がっている気がした。
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