第22話

 俺たちは潮核石のもとを離れ、精霊の漂島の奥へと向かった。

 潮の導きは、まだ続いている。

 第二の力を手にした今、この島に来た意味をすべて果たすまでは戻るつもりはなかった。


 道はさらに細くなり、岩と水の境界が曖昧になっていく。

 気づけば、俺たちの足元を流れる水は、まるで生き物のようにうねり、小さな波紋を作りながら先導していた。


 歩きながら、俺はふと思う。

 潮導核、そして潮霊交信……今の俺は、たぶん島を訪れた誰よりも、この海と近くなっている。

 だが、それは選ばれたからではない。

 選び返したからだ。

 逃げず、恐れず、波を見つめ、手を伸ばしたからだ。


 そんなことを考えているうちに、目の前に別れ道が現れた。


 右の道は広く、滑らかな白い岩で覆われている。

 左の道は狭く、荒々しい岩が剥き出しになっている。

 明らかに、右のほうが安全に見えた。


 だけど、俺の《潮の眼》は、迷わず左を示していた。


 「シーナ、左だ」


 俺の言葉に、シーナは何も言わず頷き、ついてくる。


 そうして踏み出した瞬間、空気が一変した。

 まるで島そのものが俺たちを見ているような、鋭い緊張感が肌を刺す。


 俺は手のひらを広げ、潮流の動きを探った。

 水の流れは穏やかだ。だが、その下に潜んでいる意志は、決して穏やかじゃない。


 「試練は、まだ続いてるみたいだな」


 軽く肩を回し、深呼吸する。

 第二の潮核石を得たばかりの今、ここで止まるわけにはいかない。


 進めば進むほど、足元の道は細くなり、周囲の空間が歪み始める。

 気づけば、俺たちは白い霧に包まれていた。


 また潮霧か、と一瞬身構えたが、今回のそれは違った。

 目に見える霧ではなく、心にまとわりつくような濃密な気配。

 幻惑の霧――そう、直感で理解した。


 「レン様、気をつけてください。

  この霧は、記憶を惑わせます」


 シーナの声が、かすかに届く。


 記憶を惑わせる。

 つまり、自分が誰なのか、自分がどこへ向かうべきか、それすら見失わせる。


 「でも、大丈夫だ」


 俺は右手を掲げ、潮導核の力を解き放つ。


 蒼い光が波紋のように広がり、霧を押し返した。

 俺が誰か、何を選んだか、どこへ向かうか――そんなもの、もう迷うはずがない。


 だって俺は、もう決めたんだ。


 この海を生きる。

 波と共に進む。

 命を繋ぐために、力を振るう。


 そうして歩き続けると、やがて霧が晴れ、目の前に巨大な門が現れた。


 それは古びた珊瑚と貝殻で作られた、まるで海底神殿のような門だった。


 門の中央には、見覚えのある紋章が刻まれていた。


 潮導核と同じ紋章。


 「……ここが、島の心臓か」


 呟くと、門がゆっくりと開き始めた。


 その先に広がる世界へ、俺は一歩、踏み出した。

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