第21話

 指先が潮核石に触れた瞬間、俺の視界は白く塗りつぶされた。

 痛みはない。ただ、すべての感覚が潮に包まれていく感覚だった。

 耳を塞ぐように潮騒が満ち、目の奥で無数の波が生まれ、消えていく。


 ――波の記憶を、受け継ぐ覚悟はあるか。


 脳裏に、そんな声が響いた。

 俺は、迷わず頷いた。


 すると、白い世界の中に、一つの映像が流れ込んできた。


 


 ――世界は、まだ未完成だった。


 海は荒れ狂い、島々は生まれては沈み、命はほんの小さな泡のような存在だった。

 そんな混沌の中、波を読み、潮を聴き、命を繋ごうとする者たちがいた。


 彼らは、“最初の海民”と呼ばれた。


 彼らは海と対話し、風と契約し、潮と共に生きた。

 戦うためではない。支配するためでもない。

 ただ、命を絶やさぬために。


 そして、その中のひとり――まだ幼い少年が、巨大な海龍と対峙した。

 少年は剣も槍も持たず、ただ裸一貫で龍と向き合い、言った。


『俺たちは、海と戦わない。

 波を殺さない。

 潮を断たない。

 だから、力を貸してくれ。』


 その真っ直ぐな願いに、海龍は応えた。

 その契約こそが、世界に“波の導き”をもたらした最初だった。


 


 映像が消え、再び俺の意識は現実へと戻った。


 目を開けると、潮核石がやわらかく輝いていた。

 石の中心から一筋の光が俺の胸に流れ込んでくる。


 熱くもあり、優しくもあり、何よりも――懐かしかった。


 新たな力が、俺の中に根付いた。


 《スキル強化:潮導核【深化】》

 《新機能解放:波律領域(はりつりょういき)》

 《効果:指定海域内の潮流・風流・水精霊の状態を自在に調律し、環境支配を行うことができる》


 「……これが、第二の力……!」


 拳を握る。

 体の奥から、確かな自信と温もりが湧き上がってくる。


 これで、もっと遠くまで行ける。

 もっと多くの命を、波の中で繋げることができる。


 「レン様!」


 振り返ると、シーナが駆け寄ってきた。

 その顔には、はっきりとした驚きと、希望の光が宿っていた。


 「今の……第二の潮核石が、あなたに応えたのですね」


 「ああ、受け取った。……これで、もっと先に進める」


 自分でも驚くほど、自然にそう言えた。

 もう迷いはない。


 波に選ばれ、波を選び返した俺は、ただ前へと進むだけだ。


 「この先に、まだ何が待っているか分からない。

  でも、どんな波が来ようとも、俺はこの手で、未来を繋ぐ」


 シーナが微笑む。


 「はい、レン様。……私も、共に行きます」


 精霊の島の空に、淡い潮風が吹き抜けた。

 その風が、俺たちを次の旅へと押し出している。


 俺は胸を張り、進むべき海を見据えた。

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