第19話

 光の道を進みながら、俺は胸の内で潮の流れを感じ取っていた。

 精霊の気配が濃くなっていく。俺の中に宿る潮導核が共鳴していた。


 広場の中心に立つ水の球体――その中で揺らめく光の精霊は、まるで俺たちを見透かしているようだった。

 俺は深く息を吸って、そいつの問いかけに応じるため、両手を掲げた。


 「波と語り、潮と調律し、風を導く。……やってやるさ」


 俺の右手の紋章が淡く光り、潮の気配が周囲に広がっていく。

 精霊の水球が震え、そこから無数の水の帯が飛び出した。


 一瞬、空間全体が水中に沈んだような感覚に襲われる。

 息苦しさはない。けれど、俺の体は重く、動きも鈍くなる。


 「……試してくるってわけか」


 呟きながら、俺は腕を振った。

 潮導核が反応し、水の帯が俺の動きに合わせて流れを変える。


 まるで、海そのものと踊るような感覚だった。


 俺は流れを読んで、手を返し、指先で風を引いた。

 その風が、水の流れを押し戻し、道を作る。


 「まだだ」


 さらに一歩踏み出し、右足で大地を蹴る。

 波が俺の動きに合わせて跳ね、精霊の水流と絡み合う。


 押し合うわけじゃない。

 引き合うわけでもない。

 互いのリズムを合わせる。

 それが、調律。


 「俺は、お前と戦いに来たんじゃない。

  一緒に、この海を、もっと広く、深く、感じるために来たんだ!」


 声に出して叫ぶと、潮の波動が一層強くなった。

 精霊も、それに応えるように水球を広げ、俺を包み込むような流れを生み出した。


 足元が浮き上がる感覚。

 体が宙に舞い、無重力の中を漂うような感覚。


 俺は両手を広げ、身を任せた。

 怖くなかった。

 むしろ、心地よかった。


 潮の流れに、すべてを委ねる。

 風に、体を預ける。

 波に、心を繋げる。


 それが、俺の――“波”。


 


 どれくらい、そうしていただろう。

 気づけば、水の流れは俺をそっと地上へと戻していた。


 目の前に立つ精霊が、微笑んだような気がした。


 《認める。汝、波を知り、潮を導き、風を馴らす者なり》


 そう聞こえた瞬間、俺の胸の中に新たな力が流れ込んできた。


 《新スキル獲得:潮霊交信(ちょうれいこうしん)》

 《効果:水・風・潮の精霊と意思疎通が可能になる。精霊の加護を得た場合、海域内の環境操作が強化される》


 「……これが、精霊の島の力か」


 掌を見つめながら、俺は呟いた。

 そこには確かな熱と、優しい鼓動が宿っていた。


 シーナが近づいてくる。

 彼女の顔には驚きと喜びが混じったような表情が浮かんでいた。


 「レン様……やはり、あなたはこの海に選ばれし者です」


 「いや……選ばれただけじゃない。俺は、選び返したんだ。

  この海で、生きるって」


 シーナは微笑み、俺の言葉に力強く頷いた。


 「では、次に進みましょう。

  この島に導かれた以上、ここにはまだ、何かが隠されているはずです」


 「……ああ、行こう」


 新たな力を得た俺は、再び光の道を踏み出した。

 この先に何が待っていようと、もう怖くなかった。


 だって――この海は、もう俺の“波”なんだから。

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