第15話
波獣ヴォラティナの咆哮は、音ではなかった。
それはまるで、大海そのものが吐息をついたような――深く、静かで、重たい波動だった。
その咆哮が海面を震わせ、小舟が軋む。
けれど、俺の心には恐れがなかった。
むしろその声は、“試す”というより、“問いかける”ような響きを持っていた。
「……あんたは、見てるんだな。俺が、どう動くかを」
返事のように、波が再びうねる。
《潮の眼》が、ヴォラティナの構造を映し出す。
巨大な身体。濃密な水魔力。
そして胸元、蒼く脈打つ“核”。
そこが、この存在の“核心”だ。
通常であれば、そこを攻撃すれば倒せる構造――けれど、これは“戦い”ではない。
俺は、剣を持ってきてなどいない。
いや、持つ必要がないと分かっていた。
――これは、選ばれし者が“自らを示す”試練。
波を用いて、命を奪うのではなく、波を用いて“通じ合えるか”を試すためのもの。
「だったら――」
俺は、帆を畳み、小舟の進行を止めた。
潮流に逆らわず、波に乗せるだけ。
ヴォラティナとの距離が、ゆっくりと、自然に詰まっていく。
風が止む。
海が、深い静けさに包まれる。
月明かりだけが、俺と波獣を照らしていた。
俺は胸の奥から、波の力を引き出した。
セラシオンとの契約によって得た力、その根幹にある“感応”。
意識を集中し、海の記憶に触れるように、そっと言葉を放った。
「……俺の名は、レン・タカナ。
波に選ばれた者であり、波と共にある者。
この海を、命を、力でねじ伏せたりはしない。
俺は、波を“つなぐ”ために進む。
その証として、俺の波を――お前に、差し出す」
両手を広げる。
何の防御もしない。
ただ、波を受け入れる姿勢を、海に示す。
――その瞬間。
ヴォラティナの身体全体が、蒼く輝き始めた。
海が揺れ、空気が振動する。
けれど、それは破壊ではなく――“融合”だった。
俺の右手の紋章が燃えるように輝き、波の魔力が全身を包む。
意識が拡張する。
まるで、世界そのものと繋がっていくような感覚。
視界が変わる。
見えた。
波の道筋。
潮の記憶。
精霊たちの声。
そして――“海の意思”。
それらすべてが、今、俺の中に流れ込んできた。
「これが……“波との完全接続(リンク)”……!」
次の瞬間、ヴォラティナが空へ跳ね上がり、海に巨大な渦を残して沈んだ。
それと同時に、俺の紋章が一段と複雑な模様へと進化を遂げた。
《新スキル獲得:潮導核(ちょうどうかく)》
《発動条件:深層波試練クリア》
《効果:海域全体の潮流・風流・精霊反応の調律および最適化》
「……すげぇな、これ……!」
感動が胸を満たすと同時に、夜空が開け、星が一斉にきらめき始める。
まるで、海そのものが俺の“選択”を祝福してくれているようだった。
試練は終わった。
だが、これが終わりではない。
むしろ、ここからが――始まりなのだ。
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