第14話
夜が深まり、浜辺に静けさが戻る中、俺はひとり小舟の傍に立っていた。
波はやさしく、けれどその奥に、確かなざわめきを含んでいる。
東南の海域から――何かが、確実に近づいてきている。
《潮の眼》を研ぎ澄ませば、その輪郭がうっすらと浮かんでくる。
それは船ではない。
風に乗って進む、何か“意志ある存在”。
まるで、俺を“確かめにくる”かのような、まっすぐな接近。
「……おまえは、誰だ」
声に出すと、潮がわずかに泡立った。
答えは返ってこない。けれど、感覚として伝わってくる。
“波の選別”。
それが、今から始まるのだと。
「レン様」
シーナが、再び浜辺に現れた。
焚き火の火が消えた広場では、村人たちがそれぞれの家に戻り、夜の祈りを捧げている頃だった。
「島の結界に、波の乱れが……少しずつ入り込んでいます」
「見えないけど、確実に“何か”が近づいてる。しかも……かなり強い力を持ってる。
でも、それは敵意じゃない。寧ろ、純粋な“探り”だ」
シーナは頷いた。
「潮核石の記憶を受けたあなたを試しに来ているのですね。
それは、次の“段階”に進む者への通過儀礼。
波の力を真に使いこなす者は、必ず一度、試練の訪問を受けるとされています」
「じゃあ、それを受ける準備をしなきゃな」
俺は小舟に飛び乗り、すぐに結界の外へ出る準備を始めた。
帆は最小限に。潮と風の力を最大限活かす構えで。
「俺ひとりで行く」
その言葉に、シーナは何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。
「……分かりました。でも、あなたはもう、ひとりではありません。
島の“波”も、私も、ずっとここにいます」
その言葉だけで、背中が強く支えられた気がした。
「行ってくる。……ただの試練じゃない。これは、“確認”だ。
俺の波が、世界に通用するかどうかを、海が見に来たんだ」
帆が風を受け、船は滑り出す。
島の明かりが遠ざかり、闇が俺を包んでいく。
けれど、その闇は怖くなかった。
潮が見える。
風が読める。
波が語りかけてくる。
――おまえは、どこへ行く?
「俺は、俺の波を貫いて進む。
従わない。支配しない。共に在るだけだ」
その宣言に呼応するように、波がうねった。
海の底から、何かが――浮かび上がる。
夜の海面が、真っ二つに裂けた。
そこから姿を現したのは、巨大な“獣”だった。
魚でもなく、龍でもない。
あえて言うなら、海の塊そのもの。
水の魔力を凝縮したような存在。
《潮の眼》が震え、情報が飛び込んでくる。
《名無き波獣(ヴォラティナ)》
《海界の意思が生んだ、試練の使徒》
《攻撃性:なし。意志:試練選定。戦闘判定型》
《分類:深層潮種。識別コード:波認証用個体。波の真意にのみ反応》
「……なるほど。力じゃ倒せない相手ってわけか」
その目は、まっすぐに俺を見ていた。
問いかけている。“お前は、何を選ぶのか”と。
俺は、胸に手を当てて答えた。
「俺の波は、誰かの波と繋がるためにある。
命を守るためにある。奪うためじゃない」
すると、“それ”が動いた。
波獣の胸部に、蒼い光が灯る。
まるで心臓のように、脈打つ光。
それが、俺の紋章と共鳴した。
潮が吼え、海面が輝き始める。
波が――祝福のうねりを放った。
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