追放者
@kinto3QQ
ー追放者ー
今日は粗大ごみの日らしい。見慣れた道の端にタンスやらホットプレートやらゲーミングチェアやら、見慣れない物たちが鎮座している。なんだか異様な光景で、ちょっとしたファンタジーの世界に迷い込んだかのような浮遊感をおぼえる。これら全ての物たちが各家庭からあぶれた言わば追放者だと思うとその姿にどこか寂しげな陰をすら感じる。彼らはいったいどういう経緯を辿ってここまで行き着いたのだろうか。思わず思いを巡らせて、彼らの思い出を伺ってみる。当然顔一つ変えない粗大ごみたちだが、よくよくみれば追放事由を克明に物語っている。タンスの側面にはサンタクロースのシールがベタベタと貼られ、剥がれかけた紙の跡まで付いている。薄氷のように延びた水色のペンキの内側からは木目状のひびが浮き上がり、木材がかつて木であった時に戻ろうと足掻いているかのようである。ホットプレートはところどころが茶色の砂をはたいたように錆びついていて、鉄板の上はコーティングが剥がれかけてまるで地形のパノラマ模型のように隆起していた。その上に粗雑に置かれた蓋は水や油の通った跡が、簡単に流されてたまるかとでも言うように貼り付いて、強い白色を透明なガラスの上に塗りたくっていた。どれもこれも、元の姿からすれば全くの別物になっている。もはやそれが何であったのか疑問に感じるようなものもある。彼らも月日を経て変わってしまったのだ。人と同じように。ずっと同じままなんて無くて、いつの間にか変わっていた自分の周りにはまた違う景色が広がっていたりする。だが、変わり果てた先で己の根本を見失ったものは捨てられるのだ。そうなってしまえば当然、生き方は一変する。炎に焼かれるように体という最後の資源を消費して、やがて燻るように灰になっていく、そんな人も多くいる。そのような人は最後まで自分の意思を貫いたわけで幾分か救いがあるが、それすらなくただ焼かれていくものも少なくないのが非情なところだ。
おや、一つ先の家の隣に一人、私と同じように彼ら「追放者」を見つめて立ち止まっている。まだ年若い青年で、ラフな格好にサンダルを履いているあたりどうやらこのあたりに住んでいるらしい。青年の目の先にはランプがある。ステンドグラス調で描かれた花の柄が目を引くシェードを、上品な銅色の細かな彫りのあるアイアンの基礎が支えており、小さな聖堂のような佇まいをしている。だがよく見ればステンドグラスの境目や彫りの間には白けた埃がたまり、根から生えたコードの先は見慣れたコンセントプラグではなく、まばらな銀の線が放射状に突き出ている。あぁ、「彼女」にも追放事由が見て取れる。まだ姿こそ美しいが、本質的な機能を失ってしまった彼女はそれを事由に追放されたのだ。じっと見つめていた私の視線に、突然青年の腕が割り込んでくる。その手がランプを掴んだ。彼はゆっくりと腰をあげて、それを胸に抱えるようにしてその場をあとにした。その後姿は足取り軽く、胸に抱えた彼女に視線を落としてこころなしか背中から微笑みのような温かさを感じた。彼女はまた働く機会を得たようだ。価値というものは人によって違う。だからこそこうやって、別のところで別の誰かに価値を見出してもらえることもあるのだ。彼女はその意味では幸運だった。
私は思うのだ。願わくば自分の価値を信じて、忘れないでほしいと。そうありさえすれば、誰かに見つけてもらえることもあるのだから。どうか、そんな幸運が全ての人にありますように。目線を目の前の「追放者」に戻すと、なんだか睨まれているような錯覚があった。人の幸運を願っておきながら、目の前の彼らを見捨てる私の浅はかな思慮を見透かされているように感じた。だが所詮、他人とはそういうものなのだ。他人が他人と巡り合うというのは本当に奇跡でしかないのだ。たいてい他人は他人のままなのだ。私も私の人生を歩んでいる以上、見知らぬ他人のことばかり思ってなどいられない。すまない。邪魔をした。彼らは既に覚悟してこの場に鎮座しているのだ。彼らの覚悟を邪魔してはいけない。ただの粗大ごみを見てそんなことを考える自分は、まだ少し昨日の疲れを引きずっているような気がした。
追放者 @kinto3QQ
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