第2話

 ……また静かに過ごしたいと思ったのに。


「全然休まらないんだけど。情緒が全くない」

「文明に置いていかれて老いるよりもいいじゃない」

 おばあちゃんは慣れた手つきでタブレットの画面に指を滑らせる。

 静寂に包まれていたあの空間は、いまやだいぶ賑やかになっている。

 先のほどスイッチを入れたロボット掃除機が音を立てて雅代の前を通り、乾燥機は洗面所の方からごうんごうんと回っている。「アレクサ、ラジオかけて」というおばあちゃんの声に、ずいぶん丸っこいもう一人の住人は手慣れたように返事を返していた。


 ……うーん。まあ、確かに。おじいちゃんがいない家でひとり、年をとっていくのを待つだけよりはいいのかもしれない。


「ただし家のボロさは変わらないわよ、お風呂なんて長く浸かってたら風邪引くから。今日試してみなさい」

「何それ、嫌だよ」

 思わず雅代が吹き出す。

 おばあちゃんは昔から少し茶目っけのある人だった。

 その時、がらりと玄関の扉が開く音がした。


「ばーちゃーん、まーちゃん帰ってんの?」

 懐かしい、聞き覚えのある声だった。

 おばあちゃんが「いらっしゃーい」と返事をしながらゆっくり立ち上がる。

「まーちゃん!久しぶりだなあ」

 おばあちゃんを待たずしてドタドタと足音がし、居間に入ってくる音がする。

「望……」

「高校の卒業後ぶりだなあ。もう十年くらい経つかあ」

 明るくて眩しいくらいの笑顔だった。


 ……まーちゃんのこと、好き、なんだけど。


 高校一年生の時。

 同じ高校に進学した望にそう言われ、雅代は衝撃を受けた。

 望のことは、お漏らしをしてわんわん泣いていた頃から知っている。

 いつも後を追ってきて、迷子になっては泣き、おもちゃを取られては泣き、転んでは泣いているような男の子だった。

 まさか愛の告白を受けるとは。

 高校に入り、髪型を整え、服装を崩して、なんだか小綺麗になって、少しだけ女の子がざわついてた声は聞いていたけど、雅代にはどうしても望がまだ小さくて泣きじゃくっている少年にしか見えなかった。


 告白を断ってからも望は変わらずにへらへらと話しかけてきたが、そんな望に雅代は何となくいつもイライラしていた。

 風の噂で、彼は高校卒業後進学はせず家業である建設業を継ぎ、結婚したと話に聞いていた。

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