おばあちゃんち

しお しいろ

第1話

「おばあちゃーん、足先寒いんだけど」

 足の指を手のひらで温めながら、台所にいるおばあちゃんに声をかける。

 相変わらずこの家は隙間風がすごい。

「寒がりねえ、あなた。はいどうぞ」

 おばあちゃんが呆れたように言う。

 温かいお茶を渡され、雅代まさよは一口すすって息を吐いた。

「この家、コタツないんだね……昔なかった?」

「じいちゃんが死ぬまではあったけど、エアコンと灯油ストーブで充分だから片しちゃった。灯油はのんちゃんが運んでくれるしねえ」

「待ってそういえばいつの間にエアコンついたの?え、っていうか、のんちゃんって、もしかしてのぞむ?」

 雅代は目を丸くする。

「そう、のんちゃん。今、すぐ裏の家に住んでるのよ」

「だからってなんで望がおばあちゃんのストーブの灯油を……」

「上の子は幼稚園に行ってるんだけど、下の子が産まれたばかりだからねえ。たまに遊びに来るのよ。そのついでに、って」

 ああ、と合点がいき小さく息を吐く。

 のんちゃんは幼なじみだった。背が小さくて泣き虫で、へにゃへにゃと笑う、少し頼りない男の子。

「おばあちゃんのシッター代ってことね」

「べつに面倒なんか見ちゃいないわよ、一緒にYouTubeとかネットフリックスとか見てるだけ」

「……なんか、ずいぶん近代的になってない?」


 木造二階建の古い家。

 あちこちガタがきてギシギシと家鳴りがすごい。物もごちゃごちゃと置かれていて、よくわからない編みぐるみや置物で溢れかえっている。その中には、雅代が小さい頃にもらった何かの賞状なんが飾られたままだった。

 ……しかし、そんな雰囲気には似つかわしくないものがちらほら見える。

 ロボット掃除機、ドラム式洗濯機、Bluetoothのイヤホン。

 帰ってきた瞬間、Wi-Fiのパスワードを渡された時は驚いた。

 おばあちゃんはタブレットPCを片手に、よいしょと一人がけのソファへ座る。

「あら、年寄りを馬鹿にしてるね。設定なんかは全部のんちゃんがやってくれてねえ、使い方さえわかれば案外使えるもんなのよ」

「のんちゃんのんちゃって……」

 あいつが原因か。

 雅代はため息をついた。


「でも窓からの景色は変わらないねえ……」

 ゆっくりと降る雪を見つめる。


 中学の頃、両親の離婚で家がゴタついた。

 その時、雅代は数ヶ月だけ祖父と祖母の住むこの家に預けられた。

 祖父母の家は実家からバスで三十分程度だったが、山側にあるため雪が降るとしんと静まり、真っ白になるこの田舎の家を雅代はきれいだと思った。


 居間で携帯をぼーっといじり、おばあちゃんはお料理本をめくってる。

 おじいちゃんは多趣味で毎日出かけていたから、帰りを待つこの時間が好きだった。


 ……このまま雪が積もったら、家が埋もれちゃうんじゃないだろうか。

 誰にも気づかれないまま、音もなく、消えてしまうかもしれない。

 そんなことを思いながら、雅代はしばしば窓の外を眺めていた。


 結局その後正式に両親の離婚が決定し、雅代は母と隣町のマンションで二人暮らしとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る