第32話 調査隊への招集と、交錯する視線

月光樹の心枝をボルガンさんに託し、最高の剣への期待に胸を膨らませていた僕だったが、その興奮も冷めやらぬうちに、再びギルドから呼び出しがかかった。今度は一体なんだろうか? 少しばかりの緊張と共に、僕はギルドマスター執務室の扉をノックした。


「失礼します、カイトです」

「うむ、入れ」


部屋に入ると、そこにはギルドマスターのバルガスさんとエマさんだけでなく、見慣れた顔がもう一人いた。銀の百合のリーダー、ルーシィさんだ。彼女は僕に気づくと、軽く微笑んで会釈してくれた。なんだか、重要な話がありそうな雰囲気だ。


「カイト君、急な呼び出しに応じてくれて感謝する」バルガスさんが、穏やかながらも真剣な眼差しで切り出した。「単刀直入に言おう。君に、正式な依頼がある」

「依頼、ですか?」

「そうだ。先日、ルーシィ君たち『銀の百合』から報告があった通り、深淵の森で起きている異変は、我々の想定以上に深刻なものだった。原因は森の最奥部にあるとされる古代遺跡、そしてそこに潜む何者かの意志にある可能性が高い」


バルガスさんは、机の上に広げられた地図を指し示しながら説明を続ける。


「事態を放置すれば、フロンティアの街だけでなく、この辺境地域全体に甚大な被害が及ぶ恐れがある。そこで、ギルドとして正式に『深淵の森・古代遺跡調査隊』を編成し、異変の真相究明と、可能ならば原因の排除に乗り出すことを決定した」

「古代遺跡調査隊…」


想像以上に、話が大きくなってきた。バルガスさんの言葉には、これまでにないほどの危機感がこもっている。


「つきましては、カイト君」バルガスさんは僕の目を真っ直ぐに見て言った。「君に、この調査隊への参加を要請したい」

「…僕が、ですか!?」


思わず声が裏返る。調査隊、それも古代遺跡の調査となれば、参加するのはBランク以上の、ギルドでも屈指の精鋭たちのはずだ。Cランクになったばかりの僕が、そんな大役を…?


「僕のような、新米のCランクが、調査隊に参加するなど…足手まといになるだけでは…」

「謙遜は不要だ、カイト君」バルガスさんは、僕の不安を見透かすように言った。「ランクだけが冒険者の全てではない。君の持つ多様なスキル、特に敵の弱点を見抜く力や、困難な状況を切り抜ける応用力は、未知の脅威が待ち受けるであろう今回の調査において、必要不可欠なものだと我々は判断した」


隣に座っていたルーシィさんも、強く頷いた。

「マスターのおっしゃる通りです、カイトさん。先日のオーガたちとの戦いで、私たちはあなたの力を目の当たりにしました。あなたの分析能力と、私たちとの連携があれば、この困難な任務もきっと乗り越えられるはずです。私たちからも、強く推薦させていただきました。どうか、力を貸していただけませんか?」


ルーシィさんの真剣な眼差しと、バルガスさんの期待のこもった視線。そして、僕自身の胸の中にも、この森の異変を放ってはおけないという気持ちが強くあった。迷いの泉で調停者が残した言葉も思い出される。『汝の持つ力は、世界の運命を左右するやもしれぬ…』。大げさだと思っていたけれど、もしかしたら、僕にはそれを確かめるべき時が来たのかもしれない。


「…分かりました」僕は覚悟を決めた。「僕のような未熟者がどこまでお役に立てるか分かりませんが…このフロンティアのために、そして僕を信じてくれる皆さんのためにも、微力ながら協力させていただきます!」

「おお、引き受けてくれるか! 恩に着るぞ、カイト君!」バルガスさんが、力強く頷いた。

「ありがとうございます、カイトさん。心強いですわ」ルーシィさんも、ほっとしたように微笑んだ。


こうして、僕はギルド公式の古代遺跡調査隊の一員として、この街の運命を左右するかもしれない、大きな任務に挑むことになったのだ。



数日後、調査隊の決起集会がギルドの大会議室で開かれた。

集まったのは、十数名の冒険者たち。そのほとんどが、見慣れた銀色のプレートにさらに装飾が施された、Bランク以上の猛者たちだった。屈強な戦士、鋭い目つきの魔法使い、歴戦の風格漂う老練な斥候…。その中にCランクの僕がいるのは、やはり少し場違いな気がして、緊張で喉が渇いた。


もちろん、「銀の百合」のルーシィさん、ララさん、ソフィーリアさんの姿もある。彼女たちは僕に気づくと、手を挙げて微笑んでくれた。その存在が、僕の緊張を少しだけ和らげてくれる。


会議室の前方には、バルガスさんとエマさんが立っていた。バルガスさんが調査の概要、目的、そして危険性について改めて説明し、参加メンバー一人一人を紹介していく。


「――そして、最後に紹介するのが、カイト君だ」


バルガスさんの言葉に、室内の視線が一斉に僕に集まった。興味、好奇心、そして一部には明確な懐疑の色。


「彼はCランクだが、今回の異変調査において、特別な役割を担う可能性があると判断し、特別に参加を要請した。彼の持つユニークなスキルと視点は、必ずや我々の助けとなるだろう。皆、ランクにとらわれず、協力して任務にあたってほしい」


バルガスさんの力強い言葉と、銀の百合のメンバーが僕に信頼を寄せる視線を送ってくれたおかげで、他のメンバーたちも「ほう、マスターがそこまで言うなら…」「銀の百合が推薦するなら間違いないか」「どんなスキルを持ってるんだ?」といった感じで、概ね好意的に(あるいは興味深く)僕を受け入れてくれる雰囲気になった。


…ただ一人を除いては。


「フン、ギルドマスター直々の推薦とは、随分と買われているようだな、雑魚のくせに」


冷たく、刺々しい声が響いた。声の主は、やはりアレスさんだった。彼も当然のように、この調査隊のメンバーに選ばれていたのだ。腕は確かだが、その性格は相変わらずらしい。


「だが、言っておくぞ、カイト。ここは遊びじゃない。古代遺跡の調査は、お前のような新米Cランクが生きて帰れるほど甘くはない。もし、足を引っ張るような真似をしてみろ…その時は、この俺が真っ先に叩き出してやるから、覚悟しておけ!」


アレスさんは、僕を睨みつけながら、周囲にも聞こえるように言い放った。会議室の空気が一瞬で凍りつく。


以前の僕なら、きっと彼の威圧感に竦み上がり、何も言い返せなかっただろう。けれど、今の僕は違う。


「ご迷惑はおかけしません」


僕はアレスさんの目を真っ直ぐに見返し、静かに、しかしはっきりと答えた。


「僕にできることを精一杯やり遂げ、必ずこの調査に貢献します」


その言葉には、Cランク冒険者としての自覚と、これまでの経験で培った自信が込められていた。僕の毅然とした態度に、アレスさんは一瞬、虚を突かれたような顔をしたが、すぐに鼻で笑い、僕から視線を逸らした。


ルーシィさんや他のメンバーが、少し心配そうな顔で僕たちを見ていたが、バルガスさんが咳払いをして場を収めた。


「よし、メンバーの顔合わせは済んだな。出発は三日後とする! 各自、準備を怠るな! 以上、解散!」


調査隊の決起集会は、期待と、そして一抹の不安を残して終わった。アレスさんとの関係は、この調査の中でどうなるだろうか…。



古代遺跡への出発まで、残された時間は三日間。僕はその短い時間で、できる限りの準備を進めた。


まずはボルガンさんの工房へ。調査隊への参加を報告すると、彼は「遺跡だと!? そりゃあ、とんでもない大仕事じゃねぇか! だが、お前さんなら何か面白いモンを見つけてくるかもしれんな!」と興奮気味に言い、僕の剣と鎧の最終調整を念入りに行ってくれた。「これは餞別じゃ!」と、頑丈な金属製のバックルや、予備のナイフなども譲ってくれた。


「木漏れ日亭」では、リズさんとゴードンさんに、しばらくの間フロンティアを離れることを告げた。


「えー! 古代遺跡の調査隊!? すごいじゃん、カイト兄! でも、危ないんでしょ? 絶対、絶対無事に帰ってきてね! 約束だからね!」


リズさんは目を潤ませながら、僕の手を強く握った。


「…死ぬなよ、若造。美味い飯を用意して、待ってるからな」


ゴードンさんも、ぶっきらぼうな言葉の中に、確かな心配と励ましを込めてくれた。


リリアさんの教会にも足を運んだ。彼女は僕の調査隊参加を聞くと、静かに涙を流し、「どうか、神々のご加護がありますように…」と、僕のために長く祈ってくれた。「カイトさんなら、きっと大丈夫です。あなたのその優しい力は、きっと多くの人を救うことでしょう。信じています」という彼女の言葉は、僕の心に深く響いた。


仲間たちの温かい言葉、励まし、そして心配。それら全てが、僕の力になる。彼らの期待に応えるためにも、僕は必ずこの任務を成功させ、無事に帰ってこなければならない。


出発の前夜、僕はボルガンさんから貰った新しい剣を握りしめ、月光樹の心枝が入った革袋を胸に当てた。そして、リズさんから貰ったお守りを、もう一度強く握りしめた。


未知なる古代遺跡。進行する森の異変。そして、正体不明の影。

困難な挑戦になることは間違いない。けれど、僕にはスキルがある。信頼できる仲間がいる。そして、守りたい人たちがいる。


僕はフロンティアの未来、そして僕自身の成長を賭けて、明日、新たな冒険へと旅立つ。

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