8章 帰還と報告、遺跡への序章

第31話 月光の報告と、動き出す運命

数日間にわたる深淵の森・奥部での探索は、僕の想像を遥かに超える過酷なものだった。凶暴化した魔物たち、立ち込める瘴気、泉の守護者との死闘、そして謎の影たち…。けれど、僕と「銀の百合」の三人は、互いに協力し、支え合い、なんとか全ての試練を乗り越えて、フロンティアの街へと戻ってきた。


森の出口が見えた時の安堵感は、今でも忘れられない。土と瘴気にまみれ、装備もボロボロだったけれど、僕たちの表情には確かな達成感が浮かんでいた。街の人々が、Bランクパーティと、それに同行している僕の姿に驚き、ヒソヒソと噂し合っているのが分かったが、今はそれよりも早く休息を取りたかった。


銀の百合の三人とはギルドの前で別れ、僕はまっすぐ「木漏れ日亭」へと向かった。


「ただいま戻りました!」


宿の扉を開けると、ちょうど食堂を掃除していたリズさんが、僕の姿を見て駆け寄ってきた。


「カイト兄! おかえりなさーい! うわっ、すごい格好…大丈夫だったの!? 心配したんだからね!」

「はは…大丈夫だよ、リズさん。ちょっと大変だったけど、無事に帰ってきたから」


僕の無事な姿を見て、彼女は心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。厨房からは、ゴードンさんも顔を出し、「ふん、無茶しやがって…まあ、生きてりゃそれでいい」と、彼らしいぶっきらぼうな言葉で迎えてくれた。二人の温かい出迎えに、僕は「帰ってきたんだな」という実感と共に、心の底から安堵した。


僕には、こうして心配し、帰りを待っていてくれる人たちがいる。その事実が、僕の冒険の大きな支えになっていることを、改めて強く感じた。



数日間、十分な休息を取り、森での疲労と傷を完全に癒した後、僕は最大の目的であった報告のため、ボルガンさんの工房を訪れた。革袋の中には、あの迷いの泉で手に入れた「月光樹の心枝」が、確かな存在感を放っている。


「よう、若造。戻ったか。して、成果はどうじゃった?」


工房で槌を振るっていたボルガンさんが、僕の姿を認めると、期待に満ちた目で尋ねてきた。


「はい、ボルガンさん。見てください!」


僕は革袋から、月光樹の心枝を慎重に取り出した。周囲の薄暗い工房の中だというのに、心枝はそれ自体が光源であるかのように、柔らかな白銀の光を放ち始めた! 工房全体が、その神秘的な光に包まれる!


「こ、これは…! なんという輝き…! この魔力、この生命力…! 間違いない! まさしく、月光樹の心枝じゃ!」


ボルガンさんは、手にしていた槌を取り落とすのも忘れ、興奮した様子で心枝に駆け寄った。その目は爛々と輝き、職人としての好奇心と喜びが爆発しているようだった。


「よくぞ…! よくぞこれほどのものを見つけてきた、若造! しかも、あの森の奥深くから無事に…!」


彼は僕の肩を掴み、子供のようにはしゃいで揺さぶった。僕もその興奮が伝染し、自然と笑みがこぼれる。


僕は迷いの泉での出来事…守護者との戦いや、調停者を名乗る影たちの試練について、掻い摘んで話した(影たちの詳細や僕のスキルのことは伏せたが)。ボルガンさんは驚きと感嘆の声を上げながら、僕の話に聞き入っていた。


「泉の守護者…森の調停者…古き伝承は、ただのおとぎ話ではなかったというわけか…。そして、お前さんはその試練を乗り越えた…。ふはは、やはりお前さんは、ただの冒険者ではないわい!」


ボルガンさんは心底愉快そうに笑った後、改めて月光樹の心枝を手に取り、真剣な眼差しで見つめた。


「よし! 約束通り、この儂の生涯最高の剣を打つ! この月光樹の心枝を核とし、お前さんの戦い方、スキル、そして未来の成長まで見越した、お前さんだけの剣をな!」


彼の言葉に、僕の胸は高鳴った。


「ただし!」とボルガンさんは付け加える。「以前も言った通り、この心枝の力を完全に引き出し、制御するには、もう一つの素材…『衝撃吸収性に優れた金属』が不可欠じゃ。おそらくは、迷宮に棲むという『メタルスライムの核』であろうな。それが手に入れば、まさしく完璧な、比類なき剣が完成するじゃろう」


「メタルスライムの核…」


次の目標は明確だ。深淵の迷宮への挑戦。今の僕にはまだ荷が重いかもしれない。けれど、この月光樹の心枝に見合う剣士となるためにも、必ず手に入れてみせる。


「分かりました! 必ず見つけてきます!」

「うむ、期待しておるぞ、若造!」


僕とボルガンさんの間には、単なる客と職人ではない、師弟のような、あるいは共犯者のような、熱い絆が確かに生まれていた。



一方、その頃。冒険者ギルドのマスター執務室では、「銀の百合」の三人が、バルガスさんとエマさんに対して、今回の深淵の森・奥部調査の詳細な報告を行っていた。


「――以上が、私たちが確認した森の現状と、迷いの泉での出来事です」


リーダーであるルーシィさんが、緊張した面持ちで報告を締めくくった。森の異変の深刻化、瘴気の発生、魔物の凶暴化、そして迷いの泉、月光樹、泉の守護者、森の調停者を名乗る影たちの存在と、彼らが示した情報――異変の核心は古代遺跡の負の魔力と、それを操る黒幕の存在。


その衝撃的な内容に、バルガスさんとエマさんは息を呑んでいた。


「調停者…古代遺跡…まさか、長年伝承として語られてきたことが、真実だったとは…」バルガスさんが、重々しく呟いた。「そして、森の異変の原因が、遺跡に溜まった負の魔力とその黒幕にあると…事態は、我々の想像を遥かに超えて深刻かもしれんな」


執務室に重い沈黙が流れる。


やがて、バルガスさんは顔を上げ、決然とした表情で言った。


「もはや、座して見ているわけにはいかん。ギルドとして、正式に古代遺跡への調査隊を編成する! Bランク以上の精鋭を集め、異変の完全な解明と、可能ならばその原因の排除を目指す!」


その力強い宣言に、ルーシィさんたちも頷く。


「私たちも、ぜひその調査隊に参加させてください」

「うむ、頼りにしているぞ、銀の百合」


バルガスさんは頷き、そしてふと思い出したように尋ねた。


「ところで、ルーシィ君。今回の調査報告によれば、君たちは途中でCランク冒険者、カイト君と合流し、共にオーガの群れと戦ったとか。彼の働きはどうだったかね?」


ルーシィさんは迷うことなく答えた。

「はい、マスター。正直に申し上げて、驚きの連続でした。彼の持つ多様なスキル、特に敵の弱点を見抜く分析能力、そして格上の魔物相手にも臆さない戦闘での応用力は、とてもCランクになったばかりとは思えません。彼がいなければ、私たちはオーガの群れを突破できなかったでしょう」


ララさんとソフィーリアさんも、その言葉に強く頷いている。


「ほう…」バルガスさんの目が、興味深そうに細められた。「君たちBランクパーティがそこまで評価するとはな。彼の力は、今回の遺跡調査においても、有用だと考えるかね?」

「はい、間違いなく」ルーシィさんはきっぱりと言った。「彼のユニークなスキルと成長力は、未知の脅威が待ち受けるであろう遺跡調査において、大きな助けとなるはずです。ぜひ、彼にも調査隊への参加を要請すべきかと存じます」


バルガスさんは満足げに頷いた。エマさんも、驚きつつも納得した表情で記録を取っている。


「よし、分かった。ならばカイト君にも、この遺跡調査隊への参加を正式に打診しよう」


僕、カイトの知らないところで、僕の新たな挑戦の舞台が、着々と準備され始めていた。月光樹の心枝を手に入れ、ボルガンさんとの約束への道を歩み始めた僕の運命は、今、森の異変という、より大きな奔流へと飲み込まれようとしていたのだ。

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