第29話 月の恵みと、遺跡への道

泉の守護者を傷つけることなく無力化するという、困難な試練を乗り越えた僕たち。目の前には、月光樹へと続く光の道が架かっている。そして、僕たちの試練を見届けていた「森の調停者」を名乗る影たちの声が、再び頭の中に響いてきた。


『約束通り、汝らに月光樹へ至る道を許そう。ただし、得られる恵みは、汝らの行い次第であろう…』


行い次第…? その言葉の意味を測りかねていると、影たちの気配はすっと遠のき、監視されている感覚だけが残った。


僕と銀の百合の三人は、互いに顔を見合わせ、頷き合う。そして、覚悟を決めて光の道へと足を踏み入れた。

泉の中央に浮かぶ小島へ上陸すると、月光樹の放つ神々しいまでの輝きと、清浄な魔力に圧倒される。見上げるほど巨大な幹は白銀に輝き、葉の一枚一枚からも柔らかな光が放たれているようだ。生命力そのものが形になったような、荘厳な存在感。


「これが…月光樹…」


思わず息を呑む。この枝があれば、ボルガンさんはきっと最高の剣を打ってくれるだろう。


僕は興奮を抑え、そっと月光樹の枝に手を伸ばした。しかし、指が触れる寸前、パチッという小さな音と共に、見えない力に弾かれてしまった!


「うわっ!」

「カイトさん!?」


ルーシィさんたちが駆け寄ってくる。どうやら、試練はまだ終わっていなかったらしい。


その時、再び調停者の声が響いた。


『樹は、自ら与える者を選ぶ。ただ求めるだけでは、その恵みには触れられぬ。汝らの真の目的を述べよ。そして、樹が認めるに足る「対価」を示せ』


対価…。やはり、そう簡単には手に入らないということか。


ルーシィさんが一歩前に出て、凛とした声で言った。

「私たちは、この森を蝕む異変の原因を突き止め、解決するために参りました。そのための知恵、あるいは力を、どうかお貸しください」


次に、僕が口を開いた。

「僕は、大切な人との約束を果たすため、そして、多くの人を守れるような強い剣を作るために、この樹の枝がどうしても必要なんです。どうか、少しだけ分けていただけないでしょうか」


僕たちがそれぞれの願いを述べると、月光樹の白銀の幹に、まるで水紋が広がるように、淡い光の紋様が浮かび上がった。そして、その紋様は僕たちの意識の中に、問いかけとなって流れ込んできた。


ルーシィさんたち銀の百合には、森の異変の核心…森の最深部にある古代遺跡の存在と、そこに溜まった負の魔力のイメージ、そしてそれを浄化するための試練や、鍵となるアイテムの在り処などが示唆されているようだった。彼女たちは顔を見合わせ、真剣な表情で頷いている。


そして、僕に示されたのは…月光樹の枝を得るための対価だった。それは、僕の持つスキルの一部を、この樹に捧げること。具体的には、【自己治癒(微弱)Lv.1】のスキルレベルをリセットするか、あるいは【鑑定】系スキル全体のレベルを半減させるか、という選択だった。どちらも、今の僕にとっては非常に重要なスキルだ。失うのは痛い。


(でも…ここで諦めるわけにはいかない!)


ボルガンさんの顔、最高の剣を手に戦う自分の姿、そしてその剣で守りたい人たちの顔が思い浮かぶ。


(スキルは、また経験を積めば取り戻せるはずだ! でも、この機会を逃したら、月光樹の枝は二度と手に入らないかもしれない!)


僕は覚悟を決めた。【自己治癒】は確かに便利だが、失ってもソフィーリアさんの回復魔法がある。だが【鑑定】スキルは情報収集に不可欠だ。レベル半減は痛いが、ゼロになるよりはいい。


「僕は…対価を支払います。【鑑定】スキルのレベルを捧げます!」


僕が強く念じると、月光樹の輝きが一層強まり、僕の体から何かがふっと吸い取られるような感覚があった。【鑑定(鉱石)】【鑑定(道具)】【鑑定(植物)】…それらのスキルレベルが低下したのを感じる。けれど、後悔はなかった。


すると、月光樹の一番低い位置にあった枝が、まるで僕に応えるかのように、ゆっくりとしなり、その先端が僕の目の前に差し出された。枝の先には、ひときわ強く輝く、親指ほどの大きさの若芽のようなものがついている。


『これが「月光樹の心枝(しんし)」。樹の生命力が凝縮された部分じゃ。これだけあれば、汝の望む剣の核となるに十分であろう。ただし、扱いを誤れば、ただの木片に過ぎぬぞ』


調停者の声と共に、心枝がぽとりと枝から離れ、僕の手の中に収まった。ひんやりと、それでいて温かい、不思議な感触。膨大な魔力が、この小さな枝に宿っているのが分かる。


「ありがとうございます…!」


僕は心枝を大切に革袋にしまい、月光樹に向かって深く頭を下げた。



僕たちがそれぞれ月光樹からの「恵み」…僕は心枝を、銀の百合は異変の核心に関する情報と試練を得たのを確認すると、再び調停者の影たちが、僕たちの前に姿(というより気配)を現した。


『汝らの覚悟は認められた。それぞれが求めるものを得る資格ありと判断する』


リーダー格の影が告げる。


『だが、心せよ。森の異変は根深い。この泉と樹も、その影響を受け始めているのだ。原因は、森の最深部…古き遺跡に溜まった負の魔力。そして、それを増幅させ、操らんとする、歪んだ意志の存在にある』


やはり、黒幕がいるのか…!


『我ら調停者は、森の理(ことわり)を守る者。世界の事象に直接介入することはできぬ。古き契約により、それは禁じられている。じゃが、道を示すことはできよう』


影は、僕の方を向いたように感じた。


『汝、カイトとやら。汝の持つ力…経験を糧とし、無限に成長するその力は、この森の、いや、あるいはこの世界の運命すら左右するやもしれぬ、特異なものじゃ。その力を、どう使うか…正しく使うが良い。それが、汝に課せられた更なる試練なのかもしれぬな…』


僕の力のことを、彼らは知っている…? 【自動学習】のことまで見抜いているというのか…? 言葉の意味は完全には理解できなかったが、自分の持つ力が、ただの個人的なものではないのかもしれない、という事実に背筋が寒くなった。


『異変を止めんと欲するならば、遺跡を目指すがいい。そこに全ての答えと、そして更なる試練が待っておろう。我らが示せる道は、ここまでじゃ』


その言葉を最後に、影たちの気配は完全に消え去った。まるで、最初から何もいなかったかのように。後に残されたのは、静寂を取り戻した泉と、白銀に輝く月光樹、そして僕たち四人だけだった。



「…行かれましたわね」ソフィーリアさんが、ほっとしたように息をついた。

「結局、あの人たち…いや、あれは何だったんだろうね? 味方…なのかな?」ララさんが首を傾げる。

「少なくとも、敵意はなかったようです。むしろ、私たちを試すことで、道を示してくれた…そう考えるべきでしょう」ルーシィさんが冷静に分析する。「異変の原因は古代遺跡、そして黒幕の存在…。ギルドに報告すべき重要な情報ですわ」


僕も頷く。

「僕も、目的の月光樹の心枝を手に入れることができました。これも、皆さんのおかげです」

「いいえ、カイトさんの力があってこそですわ。特に、守護者を無力化できたのは、あなたの【構造解析】と的確な指示のおかげです」とルーシィさんが言ってくれる。


僕たちは互いの健闘を称え合い、ひとまずこの神秘的な泉を後にすることにした。月光樹の輝きに見送られながら、僕たちは光の道を戻り、再び森の中へと足を踏み入れる。


帰り道、森の雰囲気は相変わらず不穏だったが、不思議とあの影たちの気配はもう感じられなかった。彼らは本当に去ったのだろうか?


「さて、これからどうしましょうか」ルーシィさんが尋ねる。

「私たちは、一度フロンティアに戻り、ギルドに今回の調査結果を報告します。その後、遺跡への本格的な調査隊を編成することになるでしょう」

「僕も、フロンティアに戻って、ボルガンさんにこの枝を届けます。剣の完成が楽しみです」

「そうですわね。カイトさんの新しい剣、完成したらぜひ見せてくださいね」

「はい、もちろんです!」


僕と銀の百合は、森の出口で別れることにした。


「カイトさん、今回は本当に助かりました。また、フロンティアで」ルーシィさんが手を差し出してきた。

「こちらこそ、ありがとうございました! ルーシィさんたちも、お気をつけて」僕もその手を握り返す。

「カイトっち、またねー! 今度、あたしにも剣、教えてよ!」ララさんが手を振る。

「ふふ、カイトさん。あなたの今後のご活躍、楽しみにしておりますわ」ソフィーリアさんが穏やかに微笑む。


三人と別れ、僕は一人、フロンティアへの道を歩き始めた。

手の中には、月光樹の心枝。ボルガンさんとの約束の、第一歩だ。

そして、頭の中には、調停者の残した言葉と、森の異変の謎、古代遺跡、黒幕の存在…。


Cランクになり、世界が広がったと思ったけれど、それは同時に、より大きな責任と、より困難な試練に立ち向かうことの始まりでもあったのかもしれない。



大げさな言葉だと、今はまだ思う。けれど、あの調停者の言葉には、無視できない重みがあった。


僕は革袋の中の心枝をそっと握りしめた。

今はただ、一つ一つ、目の前の課題をクリアしていくしかない。最高の剣を作り、もっと強くなる。そして、この森で、この世界で起きていることの真実を突き止めるんだ。


決意を新たに、僕はフロンティアの街を目指して、力強く歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る