第28話 調停者の試練と、開かれる道

泉の守護者、僕たち四人、そして謎の影たち。

奇妙な膠着状態が、霧深い泉のほとりを支配していた。先に動いたのは、僕たちだった。いや、リーダーであるルーシィさんだ。


「失礼ですが、お尋ねいたします」


ルーシィさんは剣を構えたまま、しかし敵意ではなく問いかけるような響きで、影たちに向かって静かに言った。


「あなた方は何者なのですか? 私たちと、この泉の守護者との戦いを止めに入られたようですが…その目的は何なのでしょうか?」


僕も、ララさんもソフィーリアさんも、固唾を飲んで影たちの反応を待つ。彼らは言葉を発するのだろうか?


シーン…と静寂が流れる。風の音と、泉の微かな水音だけが聞こえる。

諦めかけた、その時だった。


『…………』


直接、頭の中に響くような、不思議な感覚。声ではない。けれど、明確な意思が流れ込んでくる。


(!?)


僕だけでなく、ルーシィさんたちも驚いたように目を見開いている。どうやら、全員に聞こえている(感じている)らしい。


影たちの中でも、ひときわ存在感のある、おそらくリーダー格であろう影から、その意思は発せられていた。


『我らは森の調停者。古き契約に基づき、この森の秩序と、この聖なる泉、そして月光樹を守る者なり』


森の調停者…。やはり、彼らはこの森の守り手のような存在らしい。敵意がないわけではないが、単純な魔物や悪意を持った存在とも違う、もっと上位の、あるいは異質な存在のように感じられた。


『汝ら、外界の者よ。何の目的でこの禁域に足を踏み入れた? 守護者の警告を無視してまで、何を求める?』


その問いに、僕は一歩前に出て答えた。緊張で声が震えそうになるのを、必死で抑える。


「僕たちは…いえ、僕は、あの月光樹の枝を、少しだけ分けていただきたいのです。ある大切な約束を果たすために、どうしても必要なのです」


次に、ルーシィさんが答える。

「私たちは、冒険者ギルドの依頼を受け、この森で起きている異変…瘴気の発生と魔物の凶暴化の原因を調査しに来ました。その過程で、この泉にたどり着いたのです」


僕たちの言葉を聞き、影のリーダーはしばし沈黙した。守護者は依然として僕たちを警戒しているが、影たちの存在を気にしてか、手出しはしてこない。


『樹の恵みを求める者、森の異変を探る者…か。どちらも、この森の深奥に関わる願い。なれど、その資格と覚悟が汝らにあるか、確かめねばなるまい』

「資格…覚悟…?」

『然り。この泉と樹は、ただそこにあるのではない。古き契約と、大いなる力の均衡の上に成り立っている。それに触れる者は、相応の試練を受け、認められねばならぬ』


試練…。やはり、そうきたか。


『試練は二つ。一つは、汝らの知恵を示すこと。泉を囲む古き石碑の謎を解き明かせ。もう一つは、汝らの力を示すこと。ただし、力とは破壊のみにあらず。あの守護者を、傷つけることなく、その活動を十の刻(とき)の間、完全に封じてみせよ』


石碑の謎解きと、守護者の無力化…。どちらも一筋縄ではいかなそうだ。特に、あの強力な守護者を傷つけずに封じるというのは、並大抵のことではないだろう。


『どちらの試練を選ぶかは、汝らに委ねる。ただし、許される時間は月の影が石碑の頂に至るまで。それまでに試練を果たせぬ場合、あるいは禁域を穢すような真似をすれば、汝らは守護者の怒りと、我ら調停者の裁きを受けることになるであろう』


影の言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。これは交渉ではない。受け入れるか、諦めて立ち去るか、あるいは滅びるか。選択肢は限られている。


ルーシィさんが僕たちの方を振り返り、目で問いかけてきた。どうする? と。


僕は頷いた。月光樹を手に入れるためには、この試練を乗り越えるしかない。ララさんとソフィーリアさんも、覚悟を決めた表情で頷き返した。


「分かりました。私たちは、その試練を受けます」


ルーシィさんが、代表して力強く答えた。


『…よかろう。では、始めよ。我らは見届けよう。汝らの知恵と力を』


そう言うと、影たちはふっと気配を希薄にし、周囲の木々や霧の中へと溶け込むように姿を隠した。しかし、監視されている感覚は依然として残っている。僕たちの試練を、彼らはどこかで見守っているのだろう。


そして、それまで静かにしていた泉の守護者が、再び動き出した。ただし、敵意を剥き出しにするのではなく、まるで試練の相手として、僕たちの挑戦を待つかのように、泉の中央で静かに佇んでいる。


「さて…どうしましょうか」ルーシィさんが僕たちに向き直る。「石碑の謎解きか、守護者の無力化か…どちらを選びますか?」

「石碑の方は、手がかりが少なすぎるかも…」ララさんが石碑を一瞥して言う。「あの古代文字、あたしにはさっぱりだよ」

「私も、専門ではありませんから…」ソフィーリアさんも自信なさげだ。

「僕も【鑑定】スキルで何か分かるかもしれませんが…」と僕は付け加える。「でも、守護者の方は、さっき戦って、ある程度動きや特性が分かっています。それに、僕の【構造解析】スキルなら、もしかしたら傷つけずに動きを封じる方法が見つかるかもしれません」


僕の提案に、ルーシィさんは頷いた。

「確かに、それが現実的かもしれませんね。守護者を傷つけずに十の刻…時間は限られていますが、やってみる価値はありそうです。よし、方針は決まりました。守護者の無力化に挑みます!」


「「はい!」」


僕たちは再び守護者に向き直った。今度は、破壊ではなく、封じるための戦いだ。



「作戦を説明します」ルーシィさんが素早く指示を出す。「守護者の核と思われる胸部への直接攻撃は避けます。代わりに、動きを封じることを最優先に考えましょう。ララ、あなたは引き続き攪乱と陽動を。ただし、無理に攻撃はせず、守護者の注意を引きつけ、動きを読んでください。ソフィーリア、あなたは回復支援に加え、動きを鈍らせる魔法使ってください?」

「はい、タイミングをみて 《氷結の地》と 《重圧》を使用してみます。」

「カイトさん、あなたは【構造解析】でしたか? それで、守護者の動きを封じるための弱点…例えば、関節部分やエネルギーの流れを阻害できる箇所を探ってください。見つけ次第、私とララでそこを攻撃します」

「分かりました!」


作戦は決まった。僕たちは再び守護者へと挑みかかる!


守護者は、僕たちが近づくと再び水の腕や蔓を繰り出してきた。しかし、先ほどの戦闘経験から、僕たちはその攻撃パターンをある程度予測できるようになっていた。


ララさんが俊敏な動きで守護者の注意を引きつける。その隙に、ソフィーリアさんが地面を凍らせ、守護者の足元を滑りやすくする補助魔法を放つ!


「グォ…!?」


守護者の巨体が、わずかにバランスを崩した!


(今だ!)


僕は【構造解析】スキルを集中させ、守護者の体、特に動きの起点となる関節部分や、魔力が流れているように見えるラインを分析する。


(見えた! あの膝の裏あたり、魔力の流れが滞っている! あそこを叩けば…!)


「ルーシィさん、ララさん! 膝の裏です! そこを集中して!」

「了解!」「オッケー!」


僕の指示を受け、ルーシィさんとララさんが即座に動く! ララさんが陽動を続け、ルーシィさんが鋭い突きを、守護者の膝裏のポイントへと正確に叩き込む!


「グオオオッ!?」


守護者が、明らかに動きを鈍らせた! 再生能力が高いとはいえ、魔力の流れを阻害されれば、動きに影響が出るらしい!


「やった!」ララさんが声を上げる。

「まだです! 次は肩の付け根あたり!」


僕は次々と弱点となりそうな箇所を指摘していく。ルーシィさんとララさんは、僕の指示を信じ、的確に攻撃を加えていく。ソフィーリアさんの支援魔法も効果を発揮し、守護者の動きは徐々に、しかし確実に封じられていった。


しかし、守護者も黙ってはいない。動きが鈍くなると、今度は体から大量の水を噴き出し、周囲一帯を激流で押し流そうとしてきた!


「きゃっ!」「うわっ!」


僕たちは激流に足を取られ、体勢を崩される!


「ソフィーリア! バリアを!」

「はい! 《聖域の盾》!」


ソフィーリアさんが最大級の防御魔法を展開し、なんとか激流を防ぐ! しかし、魔力の消耗も激しいようだ。


(まずい、このままでは押し切られる…! もっと根本的に動きを封じる方法は…?)


僕は必死で【構造解析】を続ける。守護者の核は胸の中心部…。あそこを攻撃せずに動きを封じるには…。


(そうだ! 核に繋がる魔力の流れを、複数箇所で同時に断ち切れば…!?)


「ルーシィさん、ララさん、ソフィーリアさん! 聞いてください! あの膝裏、肩の付け根、そして腰のあたり! そこに魔力のラインが集中しています! 僕の合図で、その三箇所を同時に攻撃してください!」

「三箇所同時…!? 分かりました、やってみましょう!」ルーシィさんが即座に決断する。

「よーし!」

「タイミングを合わせますわ!」


僕たちはアイコンタクトを取り、タイミングを計る。そして…


「今です!!」


僕の合図と共に、ルーシィさんの剣、ララさんの短剣、そしてソフィーリアさんの光の矢(攻撃魔法?)が、寸分違わず守護者の三箇所の弱点を同時に捉えた!


「グオオオオオオォォォ………」


守護者が、今までにない苦悶の声を上げた。そして、その水の体が、まるで力を失ったかのように、ゆっくりと形を崩し始めた。渦巻いていた水流は収まり、突き出されていた蔓は力をなくして垂れ下がる。


そして、ついに守護者は動きを完全に停止し、元の静かな泉の水へと戻っていったかのように見えた。


「やった…のか…?」


僕たちは息を詰めて、静まり返った泉を見守る。

時間は…まだ、月の影は石碑の頂には達していないはずだ。


その時、再びあのテレパシーが響いた。


『……見事なり。汝らは試練を乗り越えた。知恵と力、そして連携をもって、守護者の力を封じることに成功した』


影の声だ。


『約束通り、汝らに月光樹へ至る道を許そう。ただし、得られる恵みは、汝らの行い次第であろう…』


その言葉と共に、泉の周囲に立ち並んでいた石碑が淡い光を放ち始め、僕たちの前に、月光樹が立つ小島へと続く、光の道のようなものが現れた。


試練を、突破したのだ。

僕たちは互いに顔を見合わせ、安堵と喜びの表情を浮かべた。しかし、影たちの言葉の最後の部分、「得られる恵みは、汝らの行い次第」という部分が、少しだけ気にかかる。


不安を感じつつも、僕たちは光の道へと足を踏み入れ、月光樹へと近づいていく。その白銀の輝きは、間近で見るとさらに神々しく、僕たちの心は強く惹かれた。


しかし、試練は本当に終わったのだろうか、月光樹に手を伸ばそうとしたその先に、何が待ち受けているのか…それは、まだ誰にも分からなかった。

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