第26話 泉の守護者と、影の介入

白銀に輝く月光樹を目の前にして、僕たちの誰もが息を呑んでいた。深淵の森の最奥部、霧に包まれた迷いの泉の中央に聳えるその姿は、神々しく、そして近寄りがたい威厳を放っている。ボルガンさんとの約束の素材、「魔力伝導性の高い木材」が、今、手の届きそうな場所にあるのだ。


僕が興奮のあまり一歩踏み出そうとしたのを、ルーシィさんの鋭い声が制した。泉の周囲に立ち並ぶ、古代文字が刻まれた石碑。そして、泉全体を覆うような、見えない結界の気配。ここは、ただの美しい場所ではない。何か特別な力が働いている聖域のような場所なのだ。


そして、僕たちが月光樹へ近づこうとした、まさにその時だった。


静まり返っていた泉の水面が、突如として激しく波立ち、巨大な水柱が上がった! 水しぶきの中から姿を現したのは、僕たちの想像を絶する存在だった。


それは、泉の水そのものが形を成したかのような、巨大な人型のゴーレムだった。透き通った体の中には、水草や苔のようなものが絡みつき、まるで血管のように見えなくもない。両腕は渦巻く激流となり、その頭部には目や鼻といった器官はなく、ただ月光樹を映す静かな水面のようなものが広がっているだけだ。しかし、その存在から放たれるプレッシャーは、先日戦ったオーガの比ではなかった。


「な、なにあれ…水のゴーレム? いや、精霊…?」ララさんが、驚きと恐怖が混じった声を上げる。

「分かりません…ですが、強い拒絶の意思を感じますわ。あれは、この泉と月光樹の守護者なのでしょう」ソフィーリアさんが杖を構え、警戒を強める。


守護者は言葉を発しない。けれど、その行動は明確だった。渦巻く水の腕を僕たちに向け、明らかに敵意を示している。月光樹に近づく者は、誰であろうと排除する、という強い意志を感じた。


さらに悪いことに、僕たちをずっと監視していた「影」たちの気配が、戦闘が始まるのを待っていたかのように、すぐ近くで強まった! 数は依然として複数。周囲を取り囲むように位置取りし、僕たちの動きを窺っている。


(守護者と、あの影…! 両方を相手にするのか…!?)


背筋に冷たい汗が流れる。これは、僕がこれまで経験した中で、最も危険な状況かもしれない。


「皆さん、気を引き締めて!」ルーシィさんが凛とした声で叫ぶ。「まずは、あの守護者を止めます! カイトさん、ララ、ソフィーリア、援護をお願いします!」

「「はい!」」

「了解!」


僕たちはルーシィさんの指揮の下、即座に戦闘態勢に入った。僕とルーシィさんが前衛、ララさんが遊撃、ソフィーリアさんが後方支援だ。



「ウォォォォン……」


守護者が、低い地鳴りのような咆哮を上げた。それと同時に、渦巻く水の腕から、高圧の水流が僕たち目掛けて放たれた!


「散開!」


ルーシィさんの指示で、僕たちは左右に分かれて回避する。水流が地面を抉り、凄まじい威力を物語っていた。


(物理攻撃が効きにくいタイプか…!)


僕は【鑑定】スキルを守護者に試みるが、「泉の守護者(???):詳細不明」としか表示されない。未知の相手だ。


守護者は水の腕を鞭のようにしならせ、広範囲を薙ぎ払ってきた!


「くっ!」


僕は【身体強化】で後方へ跳躍し、回避。ルーシィさんは剣で巧みに受け流し、ララさんは軽やかなステップで攻撃範囲から脱している。


(動きはそこまで速くない…でも、攻撃範囲が広いし、一撃が重そうだ!)


守護者はさらに、足元の泉の水を操り、無数の水の槍を生成して僕たちに撃ち込んできた!


「ソフィーリア!」

「はい! 《聖なる守り》!」


ソフィーリアさんの詠唱と共に、僕たちの前に光の障壁が出現し、水の槍を防いでくれる。しかし、衝撃は完全に殺しきれず、障壁にはヒビが入っていく。


「援護します!」


僕は剣を構え、守護者へと突進する。物理攻撃が効きにくいなら、弱点を探すしかない!


【構造解析】スキルを発動させ、守護者の体を観察する。水の体の中を、水草のようなものが血管のように走り、胸の中心部あたりで複雑に絡み合っているのが見えた。そして、そこから特に強い魔力を感じた。


(あそこだ! 胸の中心部が、おそらく核!)


「ルーシィさん! 弱点は胸の中心部です! そこに魔力が集中しています!」

「了解しました!」


僕の報告を受け、ルーシィさんの動きが変わる。彼女は守護者の攻撃を捌きながら、的確に胸の中心部を狙って剣を突き込んでいく!


「ララ、攪乱を続けて!」

「任せて!」


ララさんが守護者の周りを素早く動き回り、短剣を投げつけたり、石をぶつけたりして注意を引きつける。その隙に、僕とルーシィさんで核への攻撃を集中させる!


しかし、守護者の水の体は攻撃を受けるたびに揺らめき、ダメージを吸収しているかのようだ。核も、分厚い水の層に守られており、なかなか決定打を与えられない。


「ダメだ、硬すぎる…!」ルーシィさんが悔しそうに呟く。


(物理だけじゃダメなら…属性攻撃は?)


水の体…なら、弱点は雷か? いや、僕たちの中に雷使いはいない。植物が混じっているなら…火か?


「ソフィーリアさん! 火の魔法は使えますか!?」

「ごめんなさい、カイトさん! 私の専門は回復と聖属性で…攻撃魔法はあまり得意では…」


(なら、僕がやるしかない!)


僕は即席の松明を作ることを思いついた。油と火口箱は持ってきている!

一度距離を取り、アイテムを取り出そうとした、その時だった。


守護者が、新たな攻撃を仕掛けてきた。地面から無数の太い蔓を出現させ、僕たちを捕らえようとしてきたのだ!


「きゃっ!」ララさんが蔓に足を取られる!

「ララ!」ルーシィさんが助けようとするが、別の蔓が彼女の剣に絡みつき、動きを封じられる!

「《聖なる光》!」ソフィーリアさんが魔法で蔓を焼き切ろうとするが、数が多すぎる!


僕にも複数の蔓が迫ってくる!


(まずい…!)


避けきれない、と思った瞬間。

僕の体が、また勝手に反応した。


【剣術(範囲攻撃)Lv.1】!


僕は回転するように剣を振るい、迫りくる蔓を薙ぎ払った! 新しい剣の切れ味とスキルの力で、太い蔓が次々と切断される!


「すごい…!」ルーシィさんが目を見張る。


しかし、切っても切っても、蔓は次から次へと生えてくる。これではキリがない!


(核を叩かないと…! でも、どうやって…?)


僕が突破口を探して思考を巡らせている、まさにその時だった。


フッ…


それまで僕たちを遠巻きに監視しているだけだった「影」たちの気配が、動いた。

しかし、それは僕たちへの攻撃ではなかった。

複数の影が一斉に動き、守護者と僕たちの間に割って入るように位置取ったのだ。まるで、両者の戦いを制止するかのように。


「なっ…!?」


僕も、銀の百合の三人も、そして水の守護者さえも、その予期せぬ介入に動きを止めた。


影たちは、黒いローブのようなものを深く被っており、その姿ははっきりと見えない。だが、複数いることは確かだ。彼らは武器を構えるでもなく、ただ静かに、僕たちと守護者の間に立ちはだかっている。


守護者は、影たちの出現に戸惑っているのか、攻撃を止めている。

僕たちも、目の前の状況が理解できず、動けないでいた。


(いったい、何が目的なんだ…? 僕たちの戦いを止めに来た? それとも…?)


影の一人が、ゆっくりとこちらに手を差し伸べるような仕草をした。攻撃する意思はない、ということだろうか? それとも、何かを伝えようとしている?


緊張が走る。泉のほとりは奇妙な静寂に包まれ、水の守護者、僕たち四人、そして謎の影たちが睨み合う、膠着状態となった。


月光樹は、すぐそこにある。けれど、それを守る存在と、それを妨害する(?)のか、あるいは別の目的を持つのか分からない影たちの出現によって、事態は全く予期せぬ方向へと動き出そうとしていた。


この影たちは、敵なのか、味方なのか?

そして、僕たちはこの試練を乗り越え、月光樹へたどり着くことができるのだろうか?


謎は深まるばかりだった。

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